私が「独りぼっちの時間」を

大切にしようと決めたきっかけ





それは、誰かに依存する生き方を

そろそろ卒業したい!

強く感じることがあったんだ えっハッ
  





20代後半になるまで

「独りぼっち」でいる状況が

孤独とか寂しさを通り越して

なぜだか恐怖でしかなくて



幼少期は母親

学生時代は親友

20代からは元旦那



いつも誰かにすがって生きてきた

そうすることでしか

なぜだか安心出来なかった







でも、結婚してから5年後のある日

大好きな人と一緒になれたはずなのに

何だか満たされてない自分に

気づいてしまった・・・








私って今、何したいの?

私って今、何食べたいの?

私ってこれから、どうしていきたいの?

自分らしさって何だっけ?

あれ?何か仕事と主婦業ばっかして

プライベート全然充実してない?

私って何してる時が楽しいんだっけ?







いつも誰かに依存し続けた結果

自分のことが全く分からなくなっていた・・・







そんな自分が情けなくて

今度は「自分のことが何も分からない」

ってことが恐怖に感じて

張り詰めていた糸が

頭の中で「プッツーン!」

音を立てて切れた








それから間もなく

私は急激に体調を崩し始め

左腹部に鈍痛を感じてから

気づいた時には子宮頚癌に

なる寸前までに至っていた







それに加え

体調を崩した年が

2011年に起きた東北大震災から

ちょうど5年目で

TVのニュース番組では

どの番組もひっきりなしに

当時の生々しい映像が流れ続け

それが引き金になり

フラッシュバックを起こしてしまっていた







婦人科と合わせて精神科にも通い

診断結果は「PTSD」という心の病だった




▼震災の体験談を書いてます!




日常生活も普通におくれない

食事は生きるための義務的な行為

何を食べても全く味がしない

唯一感じたのは

お菓子を口にして「甘い」と感じるだけ

ほぼ毎日頭がガンガン痛い

トイレに行くのも床をはって歩いた







そんな状態でも家族は

「仕事を辞めて休んでいいんだよ」

とは言ってくれず

休みながらでも仕事は続けていた

けど、体はどんどん蝕んでいくばかり

泣いて訴えても

私の心の叫びは届かなかった








誰も助けてくれない

だったら

自分を助けられるのは私だけだ!

と強く思った時

一番この状態の自分を

許せてなかったのは

「仕事なんて辞めて

ゆっくり休んでいいんだよ」

って言ってあげられなかったのは

私だったんだって気づいた







自分を助けてあげることさえ

誰かに求めて

自分からは何もせず

ずっとただ待っていただけだった








誰かのためじゃなく

大切な私のためにも

「自分の人生をちゃんと歩もう」

そう決意するために

誰かに依存した生き方を

経験する必要があった

この辛い現実は

私自身が自分で気づくために

必要な体験だったんだ







だってそうじゃなきゃ

この生き方を自分から

やめようとはしないもんね







私達はいつも

相手のSOSには気づけるのに

自分のSOSは見逃してしまう

見て見ぬフリをすることに

慣れすぎてしまったんだよね






「自分を生きよう」と思った時

深い孤独と向き合うことになった







その孤独な時間は

怖いものでも悪いものでもなくて

「自分を知る」一つの手段であって

自分にとっての真実に

気づくためのものだった






真実はいつも

見えるものの裏側に隠れている




私はその事実を教えられた気がした








独りぼっちの時間を過ごすって

正直割りと辛かったりする

嫌いだった自分と沢山再会するから







でも、嫌いな自分も私なんだ

って丸ごとそのままの私を

受け入れてあげられた時

心と体が軽くなった感じがした

それは、心と体の病が

自然に小さくなって消えていった

ってことだったんだ








独りで過ごしている間

辛くて寂しくなって

沢山泣いた時もあった

でも、どんどん自分のことを知って

辛かった経験が癒されていって

その涙は「喜びの涙」に変わっていった








そして今

私が送りたい人生とは





周りの人達と

幸せを分かち合いながら

笑いあって生きていきたい

私はいつも笑っていたい





ただ、それだけだった・・・♡








jun*jun