さて、体調を崩すとそれにともなって精神的な調子も落ちます。不安やら心配やらいろいろネガティブな考えが浮かんでしまうのは、凡人にはありがちなことです。
体調が戻ってくると、なんであんなことを考えたのかなとも思うのですが、苦しんでいるときはそれなりに本気で悩んでいるのですね。
ミルトン・エリクソンという人は生涯にわたって身体的苦痛と闘ってきた人で、ポリオの後遺障害がひどいときは、「引き裂かれんばかりの苦しみ」だったようです。
その他にも呼吸器系障害、アレルギー、色弱、学習障害などさまざまな障害を体験した人で、それでありながら終生あれだけポジティブであったのは驚異的なことと言わざるを得ません。
そうできたのは、やはり強烈な探求心があって、自分の可能性を探求することが楽しかったのだろうなと思います。
どんな人もそれなりに問題や障害を持っていますが、それを探求あるいはチャレンジすべき課題と考えられるかどうかは大きなことだと思います。
そういう課題の克服というのは個人の場合もありますが、国家とか民族、あるいはさらに全世界が抱える課題ということもあります。
福島第1原発事故の問題は日本という国、日本人という民族が負ってしまったとてつもなく深刻な課題です。そしてそれはもちろん日本だけの問題ではなく、世界の運命を決めてしまうほどのものだと思われます。
私は今回の原発事故が、世界を動かしている大いなる意志の働き(それを神と呼ぶ人もいるでしょう)によって起こされたように感じています。
某政治家が同じようなことを言っていますが、それは責任逃れのためにされた発言で、事故を起こした人たちにはもちろん責任があります。そういうこととは違うのです。
それは原発事故が、人間のエゴイズム、環境、エネルギーなど複雑にからまった問題の中心点を、ピンポイントで直撃しているように感じるからです。
われわれは人類滅亡という悪夢のヴィジョンの原因をつきとめ、それを解決していかねばなりません。
そういう視点で、ミルトン・エリクソンから学べることは数多いと私は思っています。