創造性を発揮することと、すべてを自分の責任として受け入れるということには大きな関連があるということを今回は取り上げたいと思います。


 創造性が活発に働いている状態というのは、高いバイブレーションにチューニングしている状態です。


 高いバイブレーションにチューニングしているとは、いわば神様に近い状態のことで、だからものすごく創造性の高い状態でなされたことを神業(かみわざ)というのです。


 ですから神様の意識に近い状態であればあるほど創造性が増します。


 それでは神様の意識から遠い状態、バイブレーションが低い状態とはどういう状態でしょうか?


 デヴィッド・ホーキング博士の本「パワーかフォースか」の中にある、キネシオロジーによる意識レベルの測定は有名ですが、あの本の中にある意識レベルの低い状態がバイブレーションの低い状態です。


 それは簡単にいうと、不平不満で一杯になった状態で、自分の不幸の原因をすべて外に押しつけようという態度です。


 そういう態度のどこが問題かと言うと、自分が状況をコントロールする力、問題を解決する力を手放してしまうことなのです。


 自分の周りで起きることは、自分にその責任があるという姿勢こそが神様の姿勢に近いので、バイブレーションが高いのです。


 たとえば、福島原発事故で猛烈な放射能汚染が拡散しており、それは大問題なのですが、そこで被害者のマインドになってしまうとバイブレーションが低くなってしまうのです。


 もちろん今後のためにも政府や東電の責任はきっちり追及する必要がありますが、そのことと自分の内的な姿勢とはまた別なことなのです。


 起こってしまった事故の責任を感じて、なんとか自分のできることをしようという姿勢がバイブレーションが高いのです。


 理屈だけで考えても、今回の原発事故は人類全体で起こしたことですし、もっと大きくいえばこの世界が起こしたことです。ですから神の意識にチューニングするなら、事故の全責任は自分にあるということになります。


 これは福島への原発誘致に大きな責任のある政治家が、「今回の原発事故は神が起こした」という戯言を言っているのとは次元の違う話です。そういう言い方で法的責任を逃れることはできないのです。


 内的態度としてすべてまわりで起こることは自分の責任であるという態度をとると、根本的なところで世界がシフトするのを感じられるようになるはずです。


 実際この世界で起こることは、われわれの共同意識が作り上げているもので、「この私」の意識が本当に変化したなら、その変化は世界に影響を与えずにおかないのです。

 

 何か抽象的なことを言っているように感じるかもしれませんが、とても大事な考え方ですので今後も折にふれてこのことを考えていきたいと思います。