死生観
『留魂録』というものがあります。
吉田松陰氏が記したものです。
皆様もご存知の通り、
長州藩の松下村塾塾長をつとめ、
かの安政の大獄で30歳という若さで没した。
ごく短い人生でありながら、
後世に多大なる影響を遺した幕末・明治の志士を
数多く育て上げた人物です。
私の人生の師であり目標でもあります。
30歳で追いつくことは到底叶わないけど。
そんな吉田松蔭が、処刑の前日、
獄中で村塾門下生にあてたいわば遺書のようなもの、
それが『留魂録』です。
その第8章は、彼の死生観について書かれています。
一部抜粋
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今日死を決するの安心は四時の循環に於て得る所あり。
蓋し彼の禾稼を見るに、春種し、夏苗し、秋刈り、冬蔵す。
・・・未だ曾て西成に臨んで歳功の終るを哀しむものを聞かず。
吾れ行年三十、一事成ることなく死して禾稼の未だ秀でず
実らざるに似たれば、惜しむべきに似たり。
然れども義卿の身を以て云へば、是れ秀実の時なり、
何ぞ必ずしも哀しまん。
何となれば人寿は定りしなり、禾稼の必ず四時を経る如きに非ず。
十歳にして死する者は十歳中自ら四時あり。二十は二十の四時あり。
・・・十歳を以て短しとするは蟪蛄をして霊椿たらしめんと欲するなり。
百歳を以て長しとするは霊椿をして蟪蛄たらしめんと欲するなり。
斉しく命に達せずとす。
義卿三十、四時已に備はる、亦秀で亦実る、
其の秕たると其の粟たると吾が知る所に非ず。
若し同志の士其の微衷を憐み継紹の人あらば、
乃ち後来の種子未だ絶えず、自ら禾稼の有年に恥ざるなり。
同志其れ是れを考思せよ。
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ほとんど抜粋ナシで書いてしまいましたが、
死を覚悟した人間が、
死の直前にこんなにも落ち着いて
こんな文章を書けるものなのか、と
改めて吉田松陰という人物の大きさを感じた。
その覚悟があれば何時死んでも悔いは残らないし、
あるいは、残さないように今を生きたい。
とは思うものの、
やっぱりまだまだ彼の背中は遠い。