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CREDO②

第2日 『CREDOの起源 ~ ジョンソン・エンド・ジョンソンの「我が信条」 ~ 』



クレドは1943年、米国の医薬品・健康関連用品大手ジョンソン・エンド・ジョンソンJ&J)の3代目社長ロバート・ウッド・ジョンソンによって初めて考案された。



彼は若くして経営者になった当初から、社員に対する責任を強く感じていた。同時に製品の品質がJJの継続的な成功への大きな要因となることも確信していた。1935、大恐慌のどん底にあった中で、彼は企業の責任範囲を社会にまで拡大した見解を発表した。ジョンソンは全米のリーダー的ビジネスマンにあてた "Try Reality" と題したメッセージの中で、賃金・勤務時間・税制の改革を訴えている。そして彼の提唱する"新企業哲学"を彼らに次のように呼びかけた。



 「過去数年間の苦しみの中で、人々は本物の経済的貢献と社会的価値を生み出す企業のみが成功する権利を持つということを知り、それを確信してしまった。恒常的な成功は、より高尚な企業哲学を遵守していくことによってのみ可能になる。顧客への奉仕が一番に、社員とマネジメントに対する奉仕が次に、株主が最後にくるという事を認識し、社会に対する包括的な責任を受け入れそれを全うすることが、企業のより高度な利益の追求方法なのだ。」



そして、1943、彼は同じ4つの責任―顧客、社員、マネジメントと株主への責任―をもとに「我が信条」を草稿し、それを日々の経営哲学とした。この「我が信条」はのちに、5番目の地域社会への責任が新たに加えられることになる。



「我が信条」と題するその文書は、日本語にして1000字にも満たない、A4の紙1枚に収まる極めて簡潔なものであった。起草したロバート・ウッド・ジョンソンは、取締役会で発表した時に、「この文章の中に書かれている考え方が会社の経営理念である。」と説明したのに続けて、「これに賛同できない人は他社で働いてくれて構わない。」と断言している。また、株式公開企業になるのだから、株主を最後にするのはおかしいという意見に対して、「顧客第一で考え行動し、残りの責任をこの順序通り果たしてゆけば、株主への責任は自ずと果たせるというのが、正しいビジネス論理なのだ。」と切り返している。さらに、「この文書の文言は時代の流れや会社発展にあわせて修正してよい。新しい経営概念を導入してもよい。」と柔軟性を見せる一方で、「しかし、基本哲学・思想は不変のはずだ。」と、この信条への確信を述べている。



 1982、同社の製品に何者かが毒物を混入させた「タイレノール事件」が発生した際、同社がこの「我が信条」に基づいて迅速に事態収拾を図り、消費者の信頼を守ったことから、クレドの効用は全米で広く知られるようになった。「我が信条」の1行目には「我々の第一の責任は、すべての顧客に対するものである」と明記されている。