平成10年12月7日月曜日、期末考査中だった私は、2時過ぎに学校を出て、恩師川人昭夫先生が入院している徳島大学病院に向かいました。


病室前についた途端、ストレッチャーと泣き崩れる家族に出会いました。


「たった今、亡くなった」


それから、あちこちに連絡を取りました。


その日の晩は、弟さんの指揮で、愛息大地君がオーボエを吹く、室内楽の演奏会が郷土文化会館でありました。


父や兄が亡くなっても、演奏する姿に、感慨をおぼえました。



翌12月8日はご自宅で通夜でした。


私たち男弟子は、駐車場の案内に立ちました。


それはそれは寒い寒い夜でした。


あんなに寒い日は、その後一度も経験していません。


それでも外で耐えられたのは、やはり恩師への熱い思いがあったからでしょう。


東京フィルフルート奏者のお兄さんが、第15回徳島市立高校定期演奏会のチャイコフスキー交響曲第5番のテープを聴きながら、

「とても高校生の演奏とは思えない」とほめていました。



そして12月9日、告別式の日は、朝から快晴でした。


式場は、県内外から教育界、音楽界、教え子たちなど1000人を超える人たちで埋まりました。


出棺時には、川人先生作曲の「市高賛歌」の生演奏で送り出しました。


皆が声をあげて泣きました。



命日12月7日近くには、今でも毎年、教え子が川人家に集まって、先生をしのんでいます。