徳島市立高校の校誌を「葦芽」と書いて「あしかび」といいます。


創立当初の学校は葦原の中にあり、葦の芽のことを「あしかび」と言ったのです。


昭和62年3月10日に発行された「葦芽25号」の、「同窓」というページは、1ページを割いて合唱部OBの佐野靖氏を取りあげています。


佐野さんは私の2つ上、現在は東京芸術大学教授ですが、当時は東京学芸大学助手でした。


このページには、自分の人生を変えた川人昭夫先生への熱い思いがあふれています。



その年度、市高に赴任した国語の太田雅彦先生は佐野さんの同級生、合唱部OBです。


また、この「葦芽25号」の特集記事、「もし市高に銅像を建てるとしたら」というアンケートで、ある1年生女子の答えとして、「市高賛歌を作った川人先生」というのがありました。