昭和63年から平成元年にかけては、私の30歳の頃にあたります。
このころは、肉体的にも精神的にも私の一つのピークだと思えます。
吹奏楽部・合唱部ともいろいろな行事を意欲的にこなし、のりにのっていました。
生徒を車に乗せて、岡山就実高校の定期演奏会を見せに連れて行ったのもこの頃です。
私の心の中には、鳴門高校定期演奏会実現へのシナリオがわき起こっていました。
混声合唱に取り組んだりもしました。
全国植樹祭もありました。
ですから、私は転勤するつもりは毛頭ありませんでした。
突然、平成2年春に異動の内示を受けたのです。