教育音楽・小学版 2007年12月号より

和歌山大学附属小学校の江田司教諭は、次のように述べています。


ホルストの「木星」では、平原綾香の「ジュピター」のメロディが現れるまでにずいぶん時間がかかります。

その「長さ」のため、そこに到達するまでに音楽に対して「無意識」になってしまうのです。

哲学では「意識は普段は無意識であり、意識を向けてこそ知覚されるもの」なのだそうです。


ここで、江田先生は、面白いたとえをしています。


木星を聴くのは、東京駅で新幹線ホームからはるか450m離れた京葉線ホームに向かってひたすら歩くのに似ている。

その間、何百何千の人とすれ違っても、それが誰なのかは認識しない。

しかし、その通路のどこかで「昔の恋人に会える」としたらどうだろう。

すれ違う何百何千の人に「これかな ? 」「これは違う」などと意識が向かうはずである

「何か1つ ( のメロディ ) をとらえて聴く」

これが、時間の流れとともに過ぎ去っていく音楽を聴く上で、「音楽に意識を乗せられる」誰にでも有効な方法なのである。