今日は、某国立大学附属中学校の研究発表会に行ってきました。

音楽の授業を参観させてもらいました。

1年生で、ヴィヴァルディの春の鑑賞の授業でした。


生徒たちは、音楽の構成的要素をきちんと感じ取りながら、どんどんと発表してゆきます。

私など、いままで鑑賞というと、ただぼうっと聴いて、メロディが好き。とかいうていどの聴き方しかできてなかったのに、今日は、模範的なすばらしい鑑賞の授業でした。


それにしても、生徒の曲の部分の感じを表す語彙の豊富さに驚きました。中学1年生の、最初の鑑賞の授業で、こうやって友達の意見にも刺激を受けながら、きちんと言葉にして音楽を表現できるようにしていくところが、素晴らしいと思いました。


でも私は、ふと考えてしまいました。授業どころではない、公立の荒れた中学校のことを。

それらに比べると、附属の生徒たちを見ていると、ここは全く別世界に感じられます。もはや、多くの公立の標準とは乖離してしまっているのではなかろうか。それ故に、公立中学の先生の参観者が少なかったのか。


もちろん、附属の先生は、附属の生徒のための授業研究をすべきです。公立の先生は、それぞれ自分の学校にふさわしい授業のあり方を研究すべきです。


あまりにすばらしい授業を見せていただいて、ちょっとこんなことも考えてしまいました。


森本先生、お疲れ様でした。