ジョージアに行ってから、東方正教会のこともイコンのことも、興味があると言いながら何も知らないことに気がついてしまった。

 

(かつてジョージア正教の総主教座が置かれていた、スヴェティツホヴェリ大聖堂)
 

「東方」とは? 「正」教会とは? なぜイコンか? なぜイコンは平面画法なのか? 西方教会との美術的な違いは? などなど。

図書館で『キリスト教会の社会史』『イコンの道 ビザンティンからロシアへ』という2冊を借りて読んでみたら、とてもおもしろかった。ので備忘録として書いておく。しょせん門外漢のド素人ですので、間違ってるかもしれません。

 

 東方正教会は意外と大きい

 


まずこれまで、キリスト教の教派(宗派?)はカトリックとプロテスタントが2大勢力で、ほかはごく小さな集団だと思い込んでいた。しかし、この2つに東方正教会を入れて、世界のキリスト教3大教派と呼ばれている。なかなか大きな教派だった。

 
 

(ジョージアの首都トビリシにあるシオニ大聖堂。ジョージア正教会の聖堂)


人口分布でいうと、2017年現在でキリスト教徒の総人口およそ24.5億人のうち、カトリック12.4億人、プロテスタント5.5億人、東方正教会2.8億人、その他の宗派3.7億人、くらい。(JMR調査レポート2018年度、東京基督教大学 国際宣教センター 日本宣教リサーチ。元データは『ブリタニカ国際年鑑2018』とのこと)

 

ちなみに日本の信徒数は、上述のJMR調査レポートによればカトリック43.3万人、プロテスタント55.5万人、正教会1万人ほどらしい。ざっくりと。日本はプロテスタントが一番多いんですね。日本については、また後日書くと思う。

 

 

 「東方」とは

 

 

ヨーロッパを地図の中心におくと、キリスト教が生まれたのは東方だ。そこから地中海世界へ、ヨーロッパへ、世界へと広がっていく。

 

発祥から1000年が経とうという時期、信徒や教会は行政区域みたいに5つの総主教区の管轄に分けられていた。ローマ、コンスタンティノープル、エルサレム、アンティオキヤ、アレクサンドリアである。ローマ以外は東にある。

 

主教区同士がなんのかんのと対立し、11世紀には東のコンスタンティノープル総主教と西のローマ教皇との間で首位権をめぐる争いが激化。1054年、コンスタンティノープルは正教会(正しい信仰)、西はカトリック(普遍)として完全に分離する。この時点でカトリックと正教会は2大巨頭みたいですね。

 

(ポーランドのクラクフにある、カトリックの聖アンナ教会。東欧の国ポーランドの国教はローマ・カトリック)
 
 

「正」とはオーソドックス、ギリシャ語で「正しい教え」、英語の「正当な」の意味とのこと。

西方の教会が宗教改革などを経て大きく変貌していったのに対して、正教会は「キリスト教本来の原初的な形を頑ななまでに保持し続ける存在」だそうだ。

どの部分を保持してるのか、西方教会はどう変わったのか、といった中身に踏み込むと論文になるので、書きません。

 

正教会はギリシャからブルガリア、ルーマニア、ロシア、セルビアなどに広がる。1453年にコンスタンティノープルがイスラムのオスマン帝国に陥落した後は、これら東方のロシア・バルカンの教会が正教会を支えていくこととなる。

 

ローマをのぞく4つの地域はすべてイスラムが席巻していき、世界的には東より西がキリスト教の分布として勢力が大きくなった。

 

 

 コンスタンティノープル

 

コンスタンティノープルは、西暦395年にローマ帝国が東西に分裂した際に生まれた、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の首都。現在のイスタンブールである。476年には西ローマ帝国が滅びたので、ローマ帝国の首都となる。

現在のイスタンブールはトルコの首都で、トルコの領土の大半はアジア側にある。けれど当時のビザンツ帝国の領土はさらに広く、主にギリシャ人の地域であった。公用語はギリシャ語、文化的にもギリシャ的性格が濃い。

 

日本で東方正教会に関する本を探しているとき、「ギリシャ正教会」という名称を東方正教会を指して使っているのを何度か目にした。組織的には東方正教会の中にギリシャ正教会があるのだが、歴史的には納得である。

 

(2014年のイスタンブール。ひとつくらい、かつての教会が写ってるんじゃなかろうか。30年前に旅行した時にアヤ・ソフィアに行った)

 

1453年、東ローマ帝国=ビザンツ帝国はイスラムのオスマン帝国に敗れて滅亡。それ以降、キリスト教世界の2大中心地のひとつだったコンスタンティノープルは、イスラムの都となる。

イスタンブールの有名なアヤ・ソフィア大聖堂をはじめ、コンスタンティノープル時代のいくつもの優れた教会が、モスクに転用されていく。

 

ギリシャが出てきた関係で、もうひとつおもしろかったこと。

新約聖書ってギリシャ語で書かれてたんですね!! 聖書はラテン語、と認識してた。旧約聖書がヘブライ語、新約聖書がギリシャ語で書かれていた。それが4世紀に当時のローマ帝国の公用語であるラテン語に翻訳され、ラテン語で世界に広がることになった。ただし今もラテン語を貫いてるのはローマ・カトリックの総本山、バチカンのみで、ほかはそれぞれの使用言語が用いられている。

へえ~。

 

 

 いろんな国の「正教会」

 

 

カトリックはバチカンのローマ教皇を頂点とするピラミッド組織。だが正教会もプロテスタントも、そうではない。正教会に関して言えば、各国・地域に、自治独立の組織が作られるそうだ。ロシア正教会とか、ジョージア正教会とかいうように。日本は日本ハリストス正教会がそれに当たる。

 

しかししかし、東方の教会の中には3大宗派のどれにも属さない教会もあり、まとめて「東方諸教会」と呼ばれている。その諸教会のなかには、ナントカ正教会と名乗る教会もある。だから、「正教会」とついた組織が必ずしも3大宗派としての東方正教会の一派ではないらしい。

 

 

(トビリシにあるアルメニア教会。こちらは正教会ではなく、東方諸教会に分類されると思われる。にもかかわらずアルメニア「正教会」という表記もあって、ややこしい)

 

また、キリスト教を東方・西方の2つに分類する場合、東方正教会と東方諸教会を合わせて「東方教会」と呼ぶこともある。だけど「諸」じゃない東方正教会を単に東方教会と呼ぶこともある、とか。

 

実にややっこしい。

まあ、いまのわたしの興味関心は、ざっくりと分類を知れば充分なので、これ以上沼にハマらないことにする。

 

今日のところはここまで。