少し日をさかのぼり、メスティアで観た映画の話。
メスティアのさらに奥、秘境ウシュグリ村で全編ロケされた、『デデの愛』という映画がある。ウシュグリ村とメスティアには、この映画だけを上映する小さな映画館が1軒ずつあり、わたしはメスティアの「シネマ・デデ」でこの映画を観た。
13時の回に行ったところ、客はわたしひとり。スタッフも13時ぴったりに店に戻って開けてくれた。
上映会場は2階で、狭い階段を上がっていく。民家のひと部屋にイスを並べた感じ。
男のひとりは故郷にディナという許嫁がいて、結婚を楽しみにしている。その男を戦地で救ったというもうひとりの男は、一目ぼれした名前も知らない少女との再会を心待ちにしている。
一方ディナは、婚約破棄を望んでいた。もともと家族が決めた結婚だったのだ。ディナは別の男に恋をしていて、その相手が、許嫁を戦地で救った男だった。
女性の結婚相手は、男性側からの一方的な要望に従って、家族によって決められる社会。誘拐婚の描写もあった。それに抗う女性を、女性自身が受け入れるべきだと諭す。拒めば、恥をかかせたとして一族皆殺しに発展する。
ディナは自分の気持ちを貫き、恋する男と結ばれて息子ももうけるが、夫はついに殺されてしまう。夫を亡くしたディナを、また別の男が無理やり手に入れようとして、息子も奪ってしまう。
夫への愛、息子への愛に一途に生きようとするディナ。タイトルの「デデ」は、「母」という意味。
女性としては何とも腹立たしい状況だが、この時代設定が1992年というから、さらに驚きだ。監督は女性で、実話に基づく話だそうだ。
(ウシュグリ村にあった映画館「シネマ・デデ」)
ウシュグリが今のように観光地化したのがいつ頃かわからないが、ソ連崩壊による独立当時はまだ相当に隔絶された地域だったに違いない。こんな因習も、生き延びる術だったのだろうとと思わなくはない。
あれからたった30年。ディナが実在の人物なら、いまのわたしより若いくらいだ。それほど現代の話なのだ。
現地の人は世界的な評価も受けたこの映画が、誇らしいのか、単に観光資源と割り切ってるのか。実際にこの時代を生き抜いてきた当地のお年寄りは、観光客向けの『デデ』推しをどう思うのかなあと思ったりもした。
邦題『デデの愛』(原題『DEDE』)
製作 2016年、監督 マリアム・ハチヴァニ