ロシアがきな臭くなると聞こえてくる名前、アンナ・ポリトコフスカヤ。
プーチン政権を一貫して批判し、2006年に暗殺されたロシア人ジャーナリストだ。
ウクライナへの攻撃が始まったとき、反体制派の人物やジャーナリストが「突然死」したとき、「いまアンナならどう言うか」「アンナと同じように殺された」という声が聞こえる。『母、アンナ』は、そのアンナの娘、ヴェーラ・ポリトコフスカヤが、母のこと、この母の娘として生きるということ、を書いたもの。
アンナ・ポリトコフスカヤを知ったのは2004年、『チェチェン やめられない戦争』という本だった。
ロシアからの独立を目指すチェチェンをプーチン率いるロシア軍が徹底的に攻撃し、チェチェン人の4分の1が死んだともされる戦争。
彼女が伝えたチェチェンの実態のあまりのえげつなさとともに、相当な危険をおかして取材を続ける強靭さに衝撃を受けた。
暗殺の報を聞いたとき、ショックだったが驚きはしなかった。ついにその日が来てしまったかと。
娘ヴェーラの回想を読んで、本当にいつ殺されてもおかしくなかったことを知った。
自分の身に何かあったときに、どう行動すべきかを娘に言い聞かせる日常。
ヴェーラもまた母のことでいじめを受けていた。いや、いじめの範疇を越えて、彼女も身の危険にさらされていた。
政権を批判するということが、この国でどんな代償を払わされるかが、よくわかる。
挿入された写真には、ごく普通のあたたかな家庭と笑顔のアンナがいる。アンナはこんな幸福な日常と、死や拷問の世界とを同時に生きていたんだなあ。
ヴェーラの人生も相当にタフだけど、筆致はごく冷静でおだやかで、人柄をしのばせます。
ウクライナ侵攻によって、再び身の危険を感じ、いまは家族とともに国外に亡命しているとのこと。
『母、アンナ: ロシアの真実を暴いたジャーナリストの情熱と人生』
NHK出版、2023年11月発行
著者 ヴェーラ・ポリトコフスカヤ、サーラ・ジュディチェ
翻訳 関口 英子、 森 敦子