来週韓国に行く
初めての韓国
そして一年半ぶりの海外だ!!!
私は旅が好き
知らない土地へ行き
知らない場所を歩く
知らないものを食べ
知らない言葉を使う
「知らない」が「知ってる」に変わる瞬間を
旅の間中ずっと感じられるのだ
なんて刺激的なんだろう。
初めての海外は24歳くらいの時
当時私は引きこもっていた
専門学校を卒業した後
自分が何をしたらいいのか分からず
流れでフリーターになった
アルバイトを転々としながら
「やりたいこと探し」を続けるも
どうにもこうにも行き詰まり
いよいよ何もしなくなる
ニートの誕生だ
そんな時、
高校時代の後輩がオーストラリアに
ワーホリに行くと情報を得た
「オーストラリア」「ワーホリ」「語学留学」
そう言えば中学生の頃に憧れていたワード
でも勉強が全くできなかったから
私には無理なことだとしまい込んだワード
遊びに行くなら大丈夫だろう
後輩もいるし!!!!!
と初めての海外に行ったのだ
その初めての海外、オーストラリアに
行った経験は私の価値観を一気に広げ
「日本じゃなくてもいいんだ」
と世界を広げてくれた
自由に生きる人たちが
大勢いて呼吸がしやすかった
それから隙を見ては海外に行くようになった
自分の人生の選択肢に
海外へ行くことが入ったことは
本当に喜ばしいことだった
いざとなれば海外に逃げればいいんだ
と、逃げ道を確保できた安心感を得たのだ
長くなりそうなのでその話はまた改めて…..
さて、今回の韓国は
振り返ってみると私にとって12カ国目に
訪れる異国の地
40年間生きてきて
12カ国というのは多いのだろうか?
少ないのだろうか?
自分の感覚では「少ない」なんだよね
(だって世界には196ヵ国もの国があるんだもの)
いつか世界一周をするぞと望みを放っている身としてはまだまだまだまだ、なのだ。
だけど、今回の韓国で一緒に行く
2カ国目の夫からしてみると「多い」になる
海外に興味がなく(と言うよりも自分には縁がないことと思っていた)
私と出会うまではこの日本から一歩も外に
出たことのなかった夫からみると
まじすげえ、なのだ。
こういった経験値って
どこを(誰を)基準に置くかで全く変わってくる。
世界一周を達成したあの人からすると「少ない」し
日本を一度も出たことのない人からすると「多い」のだ。
だから本当に人と比べるものではなく
自分の”感覚”と比べるものなんだろう
私が「少ない」と感じるその根底には
「もっともっと色んな国に行きたい!」
っていう願望があることに気づく
夫からの「多い」いう”評価”は
「12カ国も世界を旅してきたんだ!」
っていう自分が行動してきた事実を教えてくれる。
この自分の感覚と他人からの評価
内側から見た自分と外側から見た自分の両面から見てみると
今の現在地が明確にわかるからおもしろい
人から教えてもらう
自分にすでに「ある」ものと
「これから得たいもの」が
ハッキリと輪郭を表す感じ
来週の韓国で私は12カ国目の初めての国へ行く
また一つ、私の「行ったことあるリスト」に
レ点を入れることができる!!!!
ああ、嬉しい。
その体験が経験となり新たな自分を創っていく
うん、とにかく楽しみだ♪
自分にとっての”足りない”は
他人からみると”十分にある”に見えたりする
だから、自分だけで自分を決めてはいけない
自分だけで自分を決めると
とても狭い世界にいることになっちゃう
だから人に聞いてみて?
あなたのこと。
当たり前だと思ってたことが
当たり前じゃないことに気づけるから
自分の魅力を知れるから