こんにちは。
日本のサラリーマンをカラフルにする
気功師・小笠原正和です。



夜中に耳元で、

 

ンゴーッ、ンゴーッという


大きな地鳴りが聞こえ


地震かと思い、

 

飛び起きたら


わんこのおおいびきでした(汗)



ということで、



今回のテーマはこちら。




「さわる」と「触れる」



普段、人にタッチ(接触)することを何て言ってますか?


「さわる」


「触れる」


これ、意識して使ってますか?


実は私、あまりこの言葉について意識して


使っていませんでした。


身体の接触は、

 

対人関係がとても凝縮された行為です。


私たちが他人に、

 

自分の身体を安心して、

 

接触されることができるのは、


その人を信頼しているからですよね。


普段何気なく使っている、


この身体に接触することを意味する、


「さわる」

 

 

「触れる」

 

 

という言葉には


実は、大きな違いがあるのです。



動作法訓練研究の長野 剛氏は、


「さわる」 と 「触れる」


を明確に区別しています。


「さわる」というのは、


「寒さが体に障る」というように、

 


本来の生き生きした働きを

 

 

妨げることである。


また、「さわる」ことは、


相手をモノとして扱うことである。


「さわる」の極端な例が、

 

 

「つねる」、

 

 

「つつく」、

 

 

「叩く」

 

 

といった行為である。


これらの行為は、

 

相手に不快な体験や恐怖の体験をもたらす。


それとともに、


不快な体験を与えた人に対する

 

ネガティブな印象を形成する。


しっくりと密着しない隙間のある触れ方や、


固い触れ方、

 

冷たい触れ方


すぐに離れたがる触れ方なども、


「さわる」典型例である。



うーん、納得。

 



下世話な話で恐縮ですが、


キャバクラでの「おさわり」とか、


痴漢行為での「さわる」などは、


相手の人格を尊重した行為ではなく、


何となく、

 

モノとして扱っているような印象を与えますね。



これに対して、

 


「触れる」ことは、

 

 

生き生きしたこころと

 

 

身体の働きが促進されるような

 

 

温かい接触であるといいます。





 

 

 

 

「触れる」という体験は


人の気持ちや

 

感情に触れたり、


自分の体験の根底に流れているものに


触れたりすることであり、


相手の生命のリズムと

 

共振することである。


他者の身体に触れることは、


その人のこころを感じるとともに


自分自身も他者に触れられることでもある。


他者の手に心地よく触れたとき、


そこで感じているのは

 

 

相手の手に

 

 

自分の手が

 

 

触れている体験

 

 

であるとともに、

 

 


自分の手が

 

 

他者の手

 

 

によって触れられている

 

 


体験でもある。



つまり、


「触れること」

 

 

「触れられること」


と一体となった体験であるということ。

 

 



他者の身体に触れるということは、


その人のこころに触れる

 

ことでもあるのですね。



「触れる」という言葉からは、

 

気持ちを、思いを届かせるという

 

印象を受けます。



身体をこころに置き換えると、


「さわる」と「触れる」の違いが

 

よりわかり易くなります。


『こころにさわりました』

      


『こころに触れました』




全然意味が違いますよね。

 

 

もっと、もっと

 

触れ合えるよう、

日々の生活で、

 

施術の中で、


こころと身体の一体感を


紡ぎだしていければと

 

改めて思うのでした。