先日友人達と会った時に一人の友人がこう言った。
震災から続く日本危機説に翻弄され
こんなに精神が壊れかけたのは初めて経験した・・・と。
彼女は夫を置いて日本をでるつもりだった。
でもそれができなくて飛び出せない自分を責め
自分はダメだ・・・と自分にダメ出しをしていた
気持ちが壊れる
精神状態がおかしいと自分でも分かっている
『壊れる自分』を私もかつて経験している。
そんな壊れた気持ちを時間が癒すのか
なにが癒したのか
一歩が出るようになると次の一歩が出るようになっていた。
この気持ちの部分について知り合いが面白い事を言った。
イザナギ・イザナミが国生みの時
イザナミが声を先にかけたら国がうまく出来なかった。なんでか?
(私は昔からこのくだりを女性蔑視かぁ?なんでやねん!と思っていたのだが)
イザナギのギは『気』=精神
イザナミの身は『身』=肉体
肉体という器に気が宿って命が育まれるのではなく
まず『気』ありき
肉体を維持するのは『気』という意味じゃないかなぁ・・・と
だから肉体のイザナミが声かけした時は国生みがうまくいかず
イザナギが声かけしてうまく国が立った。
なるほどね
肉体を組成する蛋白質や骨があっても人間はできないのだろう
その肉体を動かし、存続させる「イザナ気」がいるのだなぁと思ったりした。
そして肉体は『気』がなくなった途端持って行かれる。
どこへ?
古事記に示されている
『黄泉』へ・・・
私の中の「イザナギ」を大切にしよう
イザナギとイザナミ
気と肉体があって私は存在しているのだなぁ
そんな事を思った出来事だった。