「あなた、名前は?」
約束の場所に現れた女は、紺のパンツスーツに、黒縁のメガネをした、つり目が印象的な美人だった。
「のうさぎと呼ばれています」
「…仕事に似合わず可愛らしい名前ね」
静かな深夜の公園に、男女の会話が響く。
「意外と若いのね」
明らかに、女は警戒していたが、この反応にはもう慣れている。
そもそも、この”のうさぎ”なんて呼び名は、自分から名乗ったものではない。
”仕事”をこなしていく内にこう呼ばれるようになった。

「一応、名刺を渡しておきますね」
会社名、氏名、電話番号が書かれたごく普通の名刺だ。
「本木、神。”もとき じん”でいいのかしら」
この反応も慣れている。
「もときは合ってますが、”こう”と読みます」
読み仮名を振った名刺を作りたいが、今ある名刺が終わらないのだ。
「ふうん…うさぎは名前と関係ないのね」
これも想定内の反応である。
名前よりも通り名が先に知れるのはこの業界ではよくあることだ。
「まあ、兎とも関係ないんですけどね」
女の眉間に皺が寄り、さらに訝しんでいる。
「…仕事のことだけど」
やっと名前の話題から離れてくれた。
「ええ、写真、持ってきてくれました?」