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クリエイトブックス

本を出版したい人を応援しています!ブッククリエイターのオカビーによる「本」と「人」と「自然」との出会い

3連休の最後の日、東京は終日雨でした。
福島や茨城ではきっと寒いだろうな…。
みんなどうしているだろう。

テレビや新聞では、なかなか本当の声は聴けません。
メディアの前では、みんな気を張っていたり、ときおり笑顔を見せたりしていますが、きっと心の奥では泣いているのではないかとおもうと、かえって辛くなります。でも、そんな同情も無用なのかもしれませんね。

たくさんの情報と、「いま何をすべきか」という指針が駆け巡り、緊急時の対応のまずさや今後の対策の見通しについて議論が百出しています。でも僕はあえて、普段とあまり変わらないでいようとさえ思っています。

たくさんの寄付や連絡確認、行動や祈り……。
こうなってはじめて気づくのが、普段いかにそれらが「足りていなかったか」。だから、寄付や祈りを「今回のために」するのではなく、「今後ずっと継続できるカタチで」続けるしかないんじゃないかな。そう思うのです。

とくに僕自身に「足りていないな」と痛切に思ったのが、友人たちとの連絡。なんとなく気になる人たちとも、あまり積極的にはメールや電話をしないで、どちらかというと「待ちの姿勢」だったことを反省しています。これからはもっと頻繁に連絡を取り合い、ブログやメルマガやらを通じて、しばらくごぶさたしている人たちとも常に「つながっている」ことを、感謝とともに心がけたいなと思ったしだいです。

ただ心の中で思っているだけではなく、実際に言葉をかけて、耳を傾けてみると、相手がどんな状態で何を考えているかが伝わってきます。たったそれだけのことが、いかに大切なことか。

友人のなかには、数十年ぶりに親に電話をした人もいました。それは本当に良かったとおもいます。地震があったからこそ、家族や友人たちのありがたさが身にしみたことでしょう。

日本人のすばらしさ、冷静で正義感があって、人を思いやるいたわりの気持ちがあり、そしてなにより、静かでいながらも奥深いところから湧きあがってくるような力強さがあること──そういった良さがあらためて浮き彫りにもなりました。

原発事故の対応、災害時の対策、そしてこれからの復興の姿も含め、今まさに世界が日本に注目しています。こういうカタチで日本と日本人が世界に伝わることになるとは予想だにしていませんでしたが、次の時代の在り方に、今の僕たちが大きな影響を与えるであろうことは、まず間違いないでしょう。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

「僕に今できることは何だろう」

……そう思いつづけてきましたが、先ほども書いたように「これまでやってきたことに、もっと力を入れる」というのが、ここ1週間考えた僕なりの結論です。とりあえず4つ。

①お金と幸せについての勉強会「スタディーグループ」を開催
②自分軸を発見して、伝わる人になるための「プロフィールづくりワークショップ」を予定どおり開催
③奥さんとのいろんなシェア
④友人たちとの連絡やりとり

まだ①、②ともお席が空いています。こんなときだからこそ、仲間どうしが集える場所を用意することが大切だし、僕らしいかなとおもっています。タイミングのあう方、ぜひご一緒しませんか? お申し込みは下記からどうぞ。

①3月23日「スタディーグループ」
http://www.aiueoffice.com/sg/facilitatorlist.cfm#Leader_45

②3月26日「プロフィールづくりワークショップ」
https://ssl.form-mailer.jp/fms/630f2f23141891

みんなに喜んでもらえれば、僕もとてもうれしいです。
会場でお待ちしています(^^)
あれからちょうど1週間が経ちました。

幸いにも計画停電は回避され、こんどの3連休中も電気は止まらない様子。一方でスーパーにはあいかわらずパンや電池がなく、ガソリンもありません。

『週刊少年ジャンプ』が発売延期なりました。
紙などの資材や輸送燃料の確保が難しいためだそうです。
実は製紙工場の多くが東北地方にあり、復旧には1年を要するとのこと。勤め先でも、紙の手配に苦労したり、書籍の発売延期が決まるなど、影響の大きさはまだまだ計り知れません。

被災地の書店にはお見舞いの電話が相次ぎ、かえって迷惑になっているとか…。とりあえずグループ会社全体で義援金の用意を進めています。

お亡くなりになった方の数は、ついに阪神・淡路大震災を越えました。原発への放水も続くなか、放射線レベルはまだまだ予断を許しません。スリーマイル島並みの原発事故として、歴史の教科書に記録されることはほぼ確実です。


暗いニュースの一方で、仲間とのつながりのありがたさを日々感じてもいます。ちょっとしたメールのありがたさ。FacebookやSkypeでのコミュニケーション。そして、このamebloを読んでくれているみんな。本当にありがとう(^^)

義援金が集められたり、買い占たい気持ちを抑えようよ呼びかけたり、静かな祈りなど、
「一人ひとりが、できることをできる範囲で」
という想いは、きっと亡くなられた方々や、まだ避難されている大勢の人の元にも届いていると思います。


食べもの、水、紙、電気、ガス、友人、寄り添おうとする気持ち、電車、駅員さん、本…。

当たり前だったモノやコトが当たり前で無くなるとき、はじめて「有り難い」と気づく僕たち。
たくさんの気づきを受け取って、はじめて「感謝して生きる」ことを、なんのてらいも無くごく自然と、そして心を込めて実践している僕たち。

怖れを手放して、不安の鎖を断ち切って、制限のひとつひとつを取っ払って、本当の自分とつながることで、本物の自由を手に入れよう。あらためてそう思います。
やっぱり、地震ってある意味「ギフト」だったんじゃないの?

もちろん、たくさんの想いを残したたまま逝った魂もあるでしょう。引き裂かれた悲しみを背負って生きる、その辛さにも本当に心が痛みます…。混乱と絶望、怒り憤り。それと同時に奇跡への感謝と感動も存在します。

あえて、この突然の出来事にもなにか意味を見いだすことができるとしたら、この地球に、日本の上に成り立っている僕らの日々の暮らしが、人生が、きっともっと、ずっと輝かしいものになるに違いない。そう思うのです。
昨日も「計画停電」がなかった。

節電に協力してくれたみんな、ありがとう。
信号も使えなくなるので、「計画停電」があると、東京の交差点は殺人的様相を呈します…。
電車も止まり、あっという間に数百万人が帰宅難民に。
もちろん、病院や工場、金融機関も大打撃を被ります。

我が家はマンションだから、モーターが止まって断水し、冷蔵庫も使えないはずのところ、こうしてパソコンも使えています。

電気のありがたさと同時に、あらためて原子力の存在の大きさとコワさを考えさせられます。

どんなに「スマートグリッド」が進んでも、エコポイントにつられて省エネ家電を買っても、原発なしでは今の日本が立ち行かないのは紛れもない事実だということに、今さらながら気づいたりしています。

その一方で、一企業である東京電力の体質には正直、うんざりさせられます。原子力保安院の発表も的をえておらず、本当に国民が知りたいことを、誰でもわかる言葉で伝えることが、なぜできないのでしょうか。

これはリーダーシップの問題といえそうです。

「全体をみる」
「最適解を出す」
「内向きでない、誰もが納得する発言をする」
「その影響力をじゅうぶん意識して、結果に責任を持つ」
「覚悟を決める」
……こういったことはどれも、本当に危険なときこそ必要とされています。でもどうも僕たち日本人は、とても苦手としているようです。

と同時に、現場で命をかけて働く東電や自衛隊などの皆さんには心から敬意を表します。

一人一人の日本人は素晴らしいのに、全体を管理統率する(マネージメント)とか、最悪を想定しつつ最善の道を探る(ストラテジー)、覚悟を決める(コミットメント)となるとだらしないのは、単に国民性と言い切るには、あまりに残念です。

たぶん、教育の問題とか国民性の問題とか、平和ぼけだとか……そんなことを知識人はすぐに言い出すでしょう。でも、誰かを責めても何の解決にもなりません。結局は、一人一人の「自覚」や「生き方」の問題なのですから。

翻って自分の問題を考えてしまいました。
「自分の人生のすべてに責任を持つこと」
それが「自分らしく生きる」ことへの唯一の答えと言われています。

きっと喜びも悲しみも、それ以外の生き方と比べて何倍も大きいことでしょう。
そのことを、無闇に怖れること無く、粛々と受けとめて生きることが、本当に自分らしい生き方なのだなと、自省の念を込めながらこの文章を書いています……。

こんな気づきも、この大地震を通じて教えてくれた自然の恩寵のひとつかもしれません。
今日は怒ったり反省したりしながら、一日のスタートです。
今日の停電はあるのかな……。
友人からFacebookのお誘いが届く。

これまで、なんとなく面倒でほとんど無視してきましたが、これも何かのタイミングかなと友人申請。

すると、この友人がコネクターになって、実にたくさんの旧知の仲とつながり始め、あれよあれよという間に33人ものつながりが。

やはりここはiPhoneを使おうと、Appストアでアプリをダウンロードしておきました。

まだ今ひとつ使い方がわかっていませんが、こういうときにあらためて友人のありがたさを感じます。心強いのはもちろん、なにか助けになることがあれば、すぐに連絡も取れるでしょう。

もともと被災地近くの友人たちの安否を知りたくて、色んな掲示板やメールで情報を拾っていたこともあったので(ここ数日間ずっと)、これまで多少なりとも残っていた抵抗感もすんなりクリアできたみたいです。


話は変わりますが、「6人たどれば、世界中のだれとでもつながる」という話を聴いたことがありませんか? 

「べき乗の法則」とか「スモールワールド」と呼ばれているのですが、早い話が、友だちの友だちの友だち……とたどっていくと、6人目で世界中のほぼすべての人とつながるという「物理法則」なのです。

たとえば、「オバマ大統領と僕のつながり」。

僕の友人に、イギリス大使館勤めの人と懇意にしている人がいます。大使館員ですから、当然上司はイギリス大使。当然ですが、アメリカ大使ともつながっています。そしてアメリカ大使の任命者は、そう、オバマさんですよね。

僕→友人→大使館員→イギリス大使→アメリカ大使→オバマさん

なんと僕とオバマさんのあいだはたった5人めでつながっているのです! これを「5次の隔たり」といいます。

この法則によると、「24人の知り合いがいれば、世界はひとつになる」と言われています。だからFacebookで友人登録すれば、「本当に僕たち一人ひとりが、世界と実際につながっている」ことを、はっきりと実感を持って見せてくれるのです。

あなたもFacebookでつながりませんか?

〈参考書〉
複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』という本をご存知でしょうか。この手の本のなかではもっとも読みやすく、ていねいに書かれているので、一読をお勧めします!
ご心配をいただいていますが、東京はいまのところ比較的平穏です。
とはいえ、計画停電が実施され、一部電車が止まったり生活にも支障がでています。
スーパーでは水、食料、電池が消え、その他食料も値段が普段の何倍かに跳ね上がっています。

勤め先からは「できるだけ自宅で避難を」というアナウンスが。
でもそんな中、電気ガスや水道、あるいは放送、食料、ガソリンなどインフラ系のお仕事の方は、普段の何倍もの忙しさのなか働いていれくれ、本当に頭が下がります。警察、消防、病院などもフル稼働がつづいているようです。

「電車、ありがたいよなー」

誰かが車内で何気なく言っていましたが、ある意味、たくさんの気づきをもたらしてくれたと言っても良いのかもしれません。


あの日、僕はたまたま近くの図書館に向かっていました。

9階にあるのでエレベータに乗り込んだのですが、間違って途中階往きのエレベーターに乗ってしまい、仕方ないので同じエレベーターで降りていたとき、大きな揺れを感じて3階で緊急停止!フロアにおろされました。職員の誘導で3階から1階まではエスカレーターを使ったのですが、それも再度の大揺れで途中で止まってしまいましたが、なんとか無事に1階へ。

このとき、直感的に自分の運の良さを感じました。
正しいエレベーターに乗っていたら、高層ビルの上階に取り残されていたかもしれません。

しばらく人で溢れる1階のフロアーで待機し、自宅に電話。
本棚と冷蔵庫からモノがこぼれた程度で無事とのこと。簡単な指示を出して、いったん外へ出ました。この後すぐ携帯が不通になったので、やはりタイミングが良かった。

向いに建つ九段会館前にはなぜか救急車が。あとで知ったのですが、天井が墜ちてきて、亡くなった方がいたとか。何度か使ったことがあり、建物の古さも実感していましたが、ご冥福を祈るしかありません。

会社に電話がつながらないので、歩いて戻っている最中、靖国神社前でみんなと合流。その間も大きな揺れが何度もありました。社内は色んなものがひっくり返るなど混乱もあったが、ケガなどはない様子。神社の境内に集まって避難していましたが、いっこうに電車が復旧する見通しがないなか、日暮れ間近で寒くなるばかり。

僕は歩いて帰宅することを選び、みんなとは別れました。2時間かかって帰り着いた頃には、どっぷり日も暮れていましたが、とにかくホッとしました。こんなとき、iPhoneが道案内をしてくれて、心強かったです。これがなければ、だいぶ時間も体力もロスしていたでしょう。

その後、夜中近くになって動きだした電車で帰宅した人もいれば、社用車に相乗りして帰宅した人も数名。ホテルや駅に避難した人も多かったようです。


この間、色んな想いが去来しました。

なにが大切なのか。
なにをもって(よすがに)生きていくのか。

心配してくれる人のありがたさ。
同時に、被災された方の力になれないもどかしさ。
家族を亡くされた方へのお悔やみ。

家族よりも会社が大切なのか。
でも会社も社会の一部だなとか……。


実は翌々日の13日、ブックセミナーを予定していたのですが、遠方からご参加の方がキャンセルされたり、電車の運行状況もはっきりしなかったので、開催を見送りました。このときも判断に迷ったし、せっかくお申し込みいただいた方への申し訳ない気持ちとの葛藤がありました。

その一方で、翌12日にはエドウィン・コパードのワンデイ・セミナーに参加して、このタイミングで開かれることの奇跡とありがたさを受け取ってもいました。カラダを揺すりながら声を出すこと、ほぐれていく肩や背中。奥さんといっしょに参加していたので、とても有意義な時間でした。

最後に即興で作った歌を披露するのですが、なんと僕が歌ったのは奥さんへのラブソング……!

いま思い出しても恥ずかしいのですが、奥さんはとてもよろこんでいたので、とりあえず良かったかな。

最後にみんなでエドウィンのピアノのまわりに集まって、東北で被災された方へ、そしてお亡くなりになった方々へはなむけの歌を歌いました。

「翼になりたい」

これぞ祈り、そんな歌声でした。
この緊急時に何をのんきな、と思われる節もあるかもしれません。
でも、このタイミングだからこそ、きっと祈りは通じたんじゃないかな。