なんでまたその小冊子が気になったのか。
それはあまりにたくさんのことを受け取って整理がつかなかったということ。
受け取ったものの大きさゆえ、消化し切れていない状態だから。
それでも、最後に整理されたものを受け取れて少しホッとして、自分のなかの未消化の部分を少しずつでも軽くしてくれる「胃薬」のような役割を期待していたのでしょう(無意識にね)。
というのは、リープロ2日目は月曜日=ビジネスデイ。帰りの電車は、少し遅めの時間にも関わらずとても込んでいました。いつも椅子に座れる通勤路線とは違い、日本有数の乗車率を誇るとあるJR線に乗ったので、たくさんの疲れた顔におのずと目がいきます。
疲れた顔、というよりもむしろ「表情のない顔」といった方が正確でしょう。
たまたま、新宿駅の路線に人が入り、全線がしばらく停止しました。何気なくとなりのお兄さんのiPhoneに目が行ってしまったのですが「時間返せ!」その他、殺伐とした感情をツイート中……。でも不思議と顔にはなんの表情も浮かんでいませんし、パッと見には心の在処を感じ取ることはできません。焦りも、疲れも、怒りも、悲しみも……。
そう、きっと何かを感じていてはやっていけない現実のなかに、首まですっぽりと浸かっているのでしょう。
同じように無表情な人、とても疲れている人、ストレスを感じないようにしているけれど、体や全体的な雰囲気にそれがにじみ出ている人……。車両の8割、9割がそんな人ばかりでした。
ごく一部、友だちと二人楽しく会話をしている女子大生ぐらいの子たちもいました。そういう年頃って、ある意味幸せです。周りの世界には関心がないのか、目がいかないのか。でもある意味、ポジ自(世の中をポジティブに捉え、自立的な行動や言動をとる)に行き過ぎていて、ネガティブな感情の人や依存的な言動の人の存在や感情を理解するには遠いところにいるのかもしれません。
感情を感じることの大切さ。
そして、それを許さない状況の厳しさ、さみしさ、そしてむずかしさ……。
その両方をしっかり受け取ったのでした。