マラドーナ代表監督就任へ…国民の74%は「反対」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081030-00000011-ykf-spo

という記事が昨日出ていました。

マラドーナというと「アルゼンチンの国民的英雄」だとかそんなイメージがありますよね?

ただ、今回そのマラドーナがアルゼンチン代表の監督に就任し国民の指示を得られるのかと思いきや国民の74%はマラドーナがアルゼンチン代表監督に就任することに反対している。

1986年のワールドカップメキシコ大会でアルゼンチン国民の英雄となったマラドーナが代表監督になろうとしている今、なぜこのような事態になってしまったのでしょうか。

その一つの理由として考えられるのが引退後の悪行、愚行の数々がメディアによって報道され支持を失ったこと。もう一つ考えられることとしてマラドーナがアルゼンチン国内のリーグで所属していたボカ・ジュニオルスのカンチャ(サポータ)はマラドーナを当然支持するであろう。おそらく日本国内でもジーコが代表監督に就任した時には大多数の鹿島サポーターがジーコを支持したと思う。それと同じようにボカが好きな人にはマラドーナの代表監督就任は大歓迎だが、それ以外のクラブチーム(特にリーベル・プレートetc)を応援している人たちの反応は他クラブの英雄という思いしかないのではないか、またプラスαとして普段の悪行や愚行が問題視されていれば支持など受けるはずが無いと考えられる。

最近のワールドカップではアルゼンチン代表は結果を残せていない、結果を残せていないからこそ、経験豊富で勝てる監督を国民は求めているのは当然のことであるが、おそらくどの会社でも同じようなことがいえると思うけれど、トップが代わればチームもがらっと変わる。トルシエが手取り足取り選手に動きを教え込み組織をチームに叩き込むのに対し、ジーコのように選手自身に考えさせる。どちらに良い悪いは無いが、そのチームにあった指揮の採り方は必ずあるはず。この世の中、監督に向いている人と向いていない人というのは双方とも必ずいると思う。マラドーナが必ずしも向いていないという根拠はどこにも無いが、経験の無い人に自分の夢(ワールドカップ優勝)を託すのはファンにとっては不安でしょうがないだろう、選手時代輝いていた人物が監督になって輝けるとは限らない、福田前総理のようにナンバー2で輝いていた人がナンバー1になった時その輝きを失う。人にはそれぞれ自分にあった役割というものがあるんだと思う。

11月4日にマラドーナ就任の正式発表される見通しで、デビューは来年2月となるようだが、マラドーナがどのようなサッカーをするのか非常に楽しみである。