最近の若い者は・・・という言葉は大昔から有ったそうだ。
ギリシャ時代にも言われていたらしい。
それを聞いたときにどのようなメカニズムが働いているのかを考えてみたくなった。
大人が若者を否定するのは、実は新しい価値観によって自分たちの今までの価値を否定される恐れからくるものであると思う。
自分たちの既存の価値を否定されるということを、自分を否定されることと同じ事ととらえてしまうため、それを阻止し自分たちの価値観を正当化し守るために、新しい価値観を否定し排除する必要があるからだ。
しかし誤解しないでもらいたいのは、新しいものが正しいということではないということ。
今からは特に価値観の多様化は顕著になっていく。その多様化は個性を尊重するという意味では歓迎されるものであるが、価値の多様化の進行は社会の無秩序化を誘発するものとみることもできる。
なぜならば先ほどの若者否定と同じメカニズムで、違う価値観を否定することで自分たちの価値を守ろうとする動きが必ず生まれるからだ。
その顕著な例は、お互いに平和な世界を創ろうとしながら戦争を繰り返している宗教や民族の歴史をみれば証明されているといっても過言ではないだろう。
私たちが本当に価値観の多様化を生かし認め合うためには、“違いの無い共通”という土台を持つことであると思う。
すべての違いをALL-ZEROにしたところから、違いの生まれるメカニズムを理解することでお互いの違い・個性を本当の意味で認め合うことができるのではないだろうか。