いつも焦って、仕事に追われていた。
いつもイライラして、周囲の人たちを誰も信頼できずにいた。
そんな20代をふっと思い出していました
仕事のストレスや対人関係の難しさを感じながら、毎日「ガマンばかりを蓄積していたな」と思います。
思い出しついでに、そんな20代の頃から現在までのストーリーを書いてみようと思います。
29歳の時、私は大きな問いを突き付けられました。
1年ほどの期間に、身近な4人の友人知人が自死されたのです。
そのことについての悲しさや驚きは当然ありましたが、実はそれ以上に私が感じたことは、「君はなんのために生きるの?」と、問われているような感覚でした。
それまでの人生で深く考えたことのなかった本質的なテーマを問われたことは、私の人生を大きく転換するきっかけでした。
なぜならばその問いによって大きな気づきがあったからです。
それは、「私は、なんのために生きているのかを知らないまま生きていたんだ」ということです。
30代で起業しようと考えていた私は、その気づきによって“何をするか”の前に、“何のため”にするのか、目的を定めることの重要性に気づきました。(この後どんなじぶんにになって)
しかし気づきはあっても、具体的に何をするのが良いかわからず変化を作ることは容易ではありませんでした。
ですからひたすら本を読んで知識を入れること、交流会やセミナーを通して人脈を増やすことこの二つを繰り返しました。
そんな時にご縁をいただいた1冊の本と、一人の人が私の生き方の方向性を変えてくれたのです。
一冊の本とは司馬遼太郎さんの“坂の上の雲”という本です。
この本の内容が素晴らしいのは当然としてここで語ることはしません。
私が一番感銘を受けたのは、主人公の秋山兄弟、正岡子規、夏目漱石などをはじめとした当時の若者(私と同じくらいの世代)の人たちの生きる姿勢・あり方でした。
自分や周囲の人たちのことだけではなく、日本全体のことやもっと大きな範囲を見据えていると同時に、時間軸で見ても50年後100年後の日本に向けて何をするべきかと、当たり前のように考えながら毎日を生きているのです。
恥ずかしながら、当時の私は狭い範囲しか見ていませんでしたし、自分が成功することや得することばかりを考えていました。
彼らの姿をみたとき、たった100年ちょっと前の同じ日本人同じ世代の若者なのに、「どうしてこんなに違うのだろう」という疑問でした。
その時言葉にはできませんでしたが、“日本人として持っているはずの本質的な何か”、“自分にもあるはずの大切な何か”が不在であるような感覚があったのを覚えています。
そんなときに出会った一人の人が、決定的に私の生き方を変えてくれたのです。
その人物が私に行ってくれた言葉を覚えています。
「あなたに足りないのは、本当の自信感だけだよ」
ぐさりと刺さりました。
そう当時の私に決定的になかったものが、まさしく自信感だったのです。
その自信の無さを隠すために自分を大きく見せたり、強がったり、楽しいことにばかりをして、一番大事なことに目を向けず逃げていた自分を見透かされたような感覚でした。
それまでの人生を、自分に嘘をつきながら積み上げてきた虚像のように感じたのです。
「変わりたい!」
「変わらなきゃ!」
本気でそう思った瞬間だったと思います。
言葉は水に似ていると思います。自らの問いという器によって形を変えるのです。
私がそれまでの歩みをしていない状態で彼の言葉を聞いたとしても、私に響かなかったかもしれません。その時の私の器に、その言葉は深く注がれました。
彼は教育者でした。
韓国のノジェスさんという人です。今では彼と共に会社を経営しているのですから、人生は何があるかわかりませんね。
ノさんは私が知っているどんな日本人よりも、日本のすばらしさを語る人でした。
最初は韓国の人が本質的なことを語るので宗教なのかなと思ったりもしましたが、話を聞いていくうちに、彼のこだわりや内容の差別性が分かってきました。
彼の言っていることを学びたいと思いました。
それが私の本当の人生の“始まり”だったのです。