日常の中で疑問に思うことってありますか?
大人になるにつれて段々と疑問を持つことがなくなってきます。それはそんなことを考える余裕がないせいなのか、現在の教育制度のなかで無意識のうちにそういった疑問をもたないように刷り込まれているからなのか、どうなのでしょうか?
小さいときは日常のほんの些細なことや、新しく学んだことに対して疑問を持つ機会に溢れています。そしてその疑問というのはみんなそれぞれ違うわけです。
同じ話を聞いても疑問を抱く人もいれば疑問を抱かない人もいる。疑問を抱いたとしてもそれぞれが異なる視点で捉えている。
つまりは「なぜだろう?」という疑問はその人だからこそ抱いた疑問であるということです。
そこには人とは違う視点で物を捉えようとする試みが見られます。
そしてその『人とは違うという所』にこそ価値は生まれてきます。
仮に自分のクローンがいたとしたらそこから学ぶことってあるでしょうか?おそらくないですよね。考え方も同じ、知っていることも同じであれば、ある出来事に対して同じ意見しか出てこないわけです。そうしたら新しい発見なんて出てくるわけがありません。
勉強していると「これってこういうことなのかな?」、「なぜこうなるんだろう?」といった疑問が出てくると思います。それはみんなが疑問に思い悩むことかもしれないし、自分だけが抱いた疑問かもしれない。
それでもその疑問に思う心は自分だからこそのものです。他人にこれに疑問を持ちなさいと言われて思うものではありません。
わからない、知らないからこそ『知りたい』とう知識欲が湧いてきます。
なぜ?は自分が成長するチャンスです。
そう考えるとわからない問題にであったなら、むしろラッキーですよね。
なぜ?に対する答えを探しているうちにまた違うなぜ?がでてきてしまうこともあると思います。でもそれらをクリアできれば、そのことに関してちょっと語れる位のやつにはなっています。
自分が抱いた疑問を大切にし、なぜ?に対する答えを自分で調べてみる。それは自分だからこそできる経験で、必ず自分の力になってくれます。