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陽葵*BLOG+゚

私の日常や、出来事を気ままに更新しています。

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動物に関する投稿を主としています。

6月半ばのこと、無断欠勤で解雇になった男は当然のとこ私の家に居座った

働くこともしない、食べては寝て、ゲームして…そのくせ私のクレジットカードはありったけの枠をつかってくれた

そしてこの頃から暴力は当たり前になった

私には殴られたり蹴られたりする理由すら分からない時もあった


気に入らなければ殴り、スマホは何台も叩き壊し、家の中はゴミ屋敷…タバコの火を押し付けられたことも何度もあった

たまりかねて家を出ても、愛猫が気になって帰るしかなかった

誰にも相談出来ず…親も亡くなって天涯孤独の私は帰れる実家もなく…ひたすら我慢するしかなかった

出て行って欲しいと言っても、我がもの顔で居座り続け、好き放題する男はひとりになってマンションの鍵を閉めると、ドアを蹴り、ベランダから石を投げてガラスを割り…何度も何度も近所のひとに通報されては警察が来た


警察になだめられ一晩帰ってこないこともあったが、朝になるとマンションのドアの外で寝ている…管理会社が来たこともあった

理由もなく殴られる日々が続き、私は支払いのために自分の持ち物を次々と売却した

ひとからお金を借りるのが嫌な私は、借金で借金を返済するようになった


この男と一緒に生活するまでは、私には一円の借金もなかった

メインバンクに使っている銀行のいったいがたになったクレジットカード一枚しか持ってなかった


だけどこの頃には、もう複数枚のクレジットカードを所有していた…

もちろんカードの枠なんて常になかった


当たり前のことを言っても、この世にないくらいの悪態をつかれては心が折れた

警察が来ても、何故か私に避難しろと言う…

私の家なのに?私が家賃も光熱費も払ってるのに?愛猫はどうするの?

頭のなかは?マークだらけだった

理不尽なことばかりで、私は普通の精神状態ではいられなかった


自分の家なのに居場所がない

どこにもない

そんな日が数ヶ月も続いた


男が寮にはいって、愛猫と私、ふたりの生活が始まった

愛猫は狭い部屋でものびのびと過ごす様になった

爪とぎポールを買ってあげると、一晩中爪とぎポールについたネズミのマスコットで遊んでた


私は万年睡眠不足から解放され、夜寝て朝起きる…普通の生活リズムを取り戻した

安物のパソコンで、文字起こしのバイトを始めた

もともと浪費家でもない私は、カードの返済のために節約生活


寮にはいった男は幾らかずつ送金してくれていた

この頃はまだ、カードの返済は当たり前のことと理解していたのかも知れない


だけどそんな日は長くは続かなかった…

男が寮にはいってひと月ほど経った頃だった

現場が私の家から近かったことを理由に、寮に戻らず勝手にうちに来た

肉食べよー肉食べに行こーと、何度も何度もしつこいLINE

男は日払いではないから、お金は持っていないはず

そう、また私のクレジットカード

もううんざりだった

毎月毎月支払いで現金は右から左

支払いが終われば次の支払いの心配


家まで来てドンドンドアを叩きまくる…

難波で肉を食べたあと、寮に戻るよう言ってもそのまま寝てしまう…

朝、仕事だからと起こすと、伊丹の現場まで車で送れという

当時私は車検の切れた軽自動車をとなりのコインパーキングでひとから預かっていた

車検がないので当然道路は走れない


それでも男は送っていけとしつこい

行けないと言うとじゃあ仕事行かんわと捨て台詞で再び寝る


当日無断欠勤

昼頃、専務から連絡があって解雇宣告

寮の荷物を引き上げて欲しいと連絡があった


そう、この日から本当の生き地獄が始まった…

突然、酷い動悸に悩まされるようになった

何件もの内科を受診しても、動悸の原因はわからない

とにかく動悸をとめる薬を処方して欲しいと医師に訴えてみても、こころのバランスが崩れているからと、メンタルクリニックの受診をすすめられるばかり


メンタルクリニックにはもう17年通院してるけど、安定剤は飲みたくない

飲んでみたって動悸がとまることなどなかった

あの頃はまだ、これがストレスによるものだと私自身自覚はなかった


一緒に暮らしていた男は、癲癇疾患を患っていた

連日続く発作とレム睡眠障害を疑う睡眠時の殴る蹴るの行為

本人は全く覚えていないという

病気だから仕方がないといくら自分に言い聞かせても、眠れない日が何日も何日も続けばものすごい疲労を感じる


仕事は休みがち

一週間まともに働いたことなどなかった

収入以上の出費が嵩み、クレジットカードも翌月一括返済が厳しくなり始めた


この頃首に赤い痣が残るくらい首を絞められた

一緒に生活していくのは無理だと判断して、寮にはいってもらうことにした

週末だけ戻ってくるという約束で

ゴールデンウィークまえから、回転性の目眩を伴うメニエール病の症状を発症した

外出中に目眩で倒れ、救急車で搬送

耳の後ろをざっくり切って、麻酔なしで縫われた

ゴールデンウィークが明けて、男は寮にはいり、私の平穏な日々が戻った


束の間の平穏に過ぎなかったが…


2019年11月、Facebookで知り合った17歳下の男と暮らし始めた…

石川県羽咋郡から大阪に来て、とりあえず日払いの仕事をするからってことで


12月になっても働く様子はなく…

年末年始だしな…年明けからかな?って…

その間に私名義で新規で携帯も契約させられた


1月になっても働く様子はない…

いつから働くの?何度聞いてもまともな返事は返ってくることはなかった

たまりかねた私は1月半ばに家を出た


さすがに慌てたのか…面接先を決めては来たけど、面接に行っただけで、電話待ちだと言ってそのまま仕事に行くことはなかった

なので私はもう一度家を出た

面接だけなんて仕事に行く保証にはならない

とにかく仕事に行くまで帰らないと、私は譲らなかった


その日は仕事に行ったことがわかったので、千里まで迎えに行ってやった


私の生き地獄のような生活はもうとっくに始まっていた…


もうずっと…Facebookのアカウント閉じてから更新してなかったブログ…

昔のようなブログは書けないけど、また始めようかな

私の生きてきたながいながい道のりを