2018年の6月13日に第一子を無事に出産することができたんですが、

この日が来るまではとても長い道のりでした。

実は妊活のことをリアルタイムで以前のblog(アメブロ)に書いていたんですが、

これから妊活を始める方や既に頑張ってる方の少しでもお役に立てればと想い、

こちらのblogにも妊活のことを遡って書いて行こうと思いました。

少し長いblogですがご興味ある方はお付き合いください。

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仕事が大好きで『今はまだいいや』と毎年繰り返し気が付いたら38歳。
この時でも『今はまだいいや』と半分は頭にありました。

 

そんな私に友人が『子供が欲しいなら学校なんて行ってないで病院に行きなよ』
と強く言われて、不妊専門の病院に行ったのが始まりでした。

 

『いきなり不妊専門の病院??』とこの時に思ったんですが、

 

年齢的に思ってるより簡単にはできない。という情報を聞き、
まずは自分の身体を知る為にも病院で検査を受けることから始めました。

 

この時のことは妊活の始まりに書いてます。

 

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私は妊活5年目で授かることができました。

 

5年間毎月休まずに続けてました。
本当は精神的にも身体的にも少し休んだ方が良いんだと思います。

 

でも、私は休んでしまうのが怖くて毎月続けてました。

 

リアルタイムで書き綴っていた妊活のblogを読み返してみると
自分自身と常に戦ってたなと思います。

 

その時のblogもこの記事でシェアしていきたいと思います。

 

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約5年間の私の妊活。

 

 

2013年 9月に不妊病院に行く(当時38歳)約1ヶ月に渡り不妊検査を行う。

卵巣年齢は若い方でしたが、卵管造影検査で右卵管閉塞と分かる。

10月より月1回は病院に通いタイミング法を開始。

 

2014年の9月にタイミング法で1回目の妊娠したが稽留流産してしまう。

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継続の難しさもお腹に子供がいる時の喜びも同時に知り、

ヨガ、温熱治療、呼吸法、ウォーキング、食事療法を含めて『できることは全てしよう!』と心に決めた。

 

2015年に入り人工授精を試みるが妊娠には至らず。

友人から卵管造影検査をすると卵管の通りが良くなり、

妊娠率が上がると聞いたので、2015年4月に再度卵管造影検査を行った。(卵管造影検査は不妊検査で1番痛いとされている検査)

結果ミラクルが起き、閉鎖していた卵管のつまりが取れ右閉塞は治っていた。

 

2015年7月にタイミング法で2回目の妊娠。

6周目で心音の確認が取れて、不妊治療病院から産科に転院。

ここまでで約2年通った病院の卒業嬉しさ・不安さを抱えて

産科に転院するが8周目の検診で心音は止まっていて、また前の病院に戻ることになった。

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この時のショックは今でも忘れません。病院のエスカレターで泣き崩れた覚えがあります。

結果、心音が返ってくることはなく2度目の稽留流産。
そして、手術となりました。

2度目の流産以降も諦めることはできず、

自分なりに妊活を受け入れる方法、継続する方法を考え休まずチャレンジし続けました。

 

2015年の10月3度目の妊娠。

2ヶ月連続の妊娠でしたが、検診で8周目まで経過観察した結果、

育つことはなく、自然流産というものでした。

稽留流産は手術をして除去する為、不妊を起こす原因や身体への負担も多いですが、

自然流産は自然に流れてしまいます。どちらも壮絶な想いでした。

 

一般的に3度の流産は不育症の疑いがあるとも言われているので、不育症の病院に検査に行くことを決意。

 

不育症専門の病院は少なく、なかなか初診の予約は取れず、
毎日のように電話をしてキャンセル待ちを繰り返し

 

2015年の12月に不育症の検査を行うことができました。
結果は不育症ではないことが分かる。

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これ以降も毎月タイミング療法を続けたが2016年の7月より体外受精に踏み切った。

 

2016年の8月に採卵。
9月、11月に2回の胚盤胞移植を受けたが妊娠には至らず。
結果、同病院では3回の盤胞移植を受けたが妊娠には至らなかった。

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2017年、
もう頑張る方法も見付からず疲れ切ってしまい、自分の気持ちを励ます材料も尽きてきました。

 

最後の力を振り絞り、
2017年の3月に4年通い続けた病院から転院することに決めました。

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思い切った決断をした日

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実は2017年に入った時は妊活に大して『諦める』という強い想いが出てきました。

 

4年間同じ病院でダメだったので、ほかの病院でも見てもらったら?
と言われてたんですが、また一から...という気力もなかったのが本音です。

 

私の場合は着床はするのに流産する。というのを繰り返していたので。

 

そんな私が転院するきっかけになったのも友人や友人の周りが受精卵を検査して移植をする。
という方法で40代の方が何人も出産してる話しを聞いたんです。

 

私の中で最後の賭けだと思い、
思い腰を上げて転院することを決めました。

 

転院した先で6月にまた一から採卵をして7月に全ての受精卵を染色体検査しました。
その結果、実は1つも正常なのがなかったのです。

 

強いて言えば、1つだけほぼ正常なのがあり着床率は薄いけど
着床したら流産はないだろう。と言われた卵です。

 

それでは不安なので、実は翌月にもう1回採卵をしました。
今度は判定不能が1つ。と結果を下されました。

 

私の中でも最後の道だったので、もう本当に本当に目の前が真っ暗になりました。

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2回目の採卵を決めました

2回目の採卵

 

結果、9月に1回目の不安定な受精卵と判定不能の受精卵の2つを戻しました。

 

結果は妊娠!!

 

今でも忘れもしない2017年10月10日
1回目の受精卵の方で妊娠することができたんです!!

 

結果を聞きに行く時は全く期待せず、もう1度チャレンジするのか?しないのか?
ばかり考えていました。

 

その受精卵で妊娠確率は数パーセントと言われていたので。

 

本当に奇跡が起きたんです!!

 

今は無事に出産をすることができたので
諦めないで良かった。とやっと心から思えました。

 

ずっとバリバリ仕事をしてる中で、
仕事で目標達成するのは頑張ればできる!と思ってきました。

 

妊活も同じように頑張ってきましたが、
妊活だけは頑張ってできるものでもない。

 

まるでゴールのない道をひたすら進んで行く状況でした。

 

その間のメンタルコントロールで私は随分強くなったと思います。
いまだにあの時の答えの出ない思いに比べれば。と思えます。

 

実は最後の採卵の時は、サロンの方もゴタゴタしていて上手くいってなく、
悩みに悩み抜いて大きなサロンを手放し、
小さいサロンへとコンセプトを変えてお引越しをしたんです。

 

私にとっては手放すことは大きな決断でした。
お引越しを完了したのが10月9日。

 

その翌日に妊娠することができました。

 

まさにその時に、大きなものを手放したからなのかな?

 

とも思いました。

 

今43歳。
38歳からは今までずっと妊活が私の人生でした。

 

最近コーチングで増えてきたご相談が『妊活』について。

 

このblogで綴ったように、
私の人生の中の大きな出来事を占めることなので、
私の経験やメンタルの向き合い方、病院について。などお話しさせて頂いてます。

 

本当に子供を授かることというのは簡単なことではないことを経験しました。
少しでもこのblogが頑張ってる方への勇気になれればと思います。