くまたろうの「Over140」

くまたろうの「Over140」

普段は大体ツイッターにいますが、ツイッターの140字では書ききれないことをここで書こうと思います。最近はほぼ100kmウォークのことばかり書いてます。

私の、「晴れの国おかやま24時間100キロ歩行」における現況。
「チャレンジャー」としては過去6回参加して6回完歩('13,'17,'18,'23,'24,'25)。
「サポーター」としては過去2回参加してる('19,'22)けど、
その2回とも「3日12時~4日ラスト」で、「3日朝7時~4日ラスト」のフルサポートではありませんでした。

現在「ブロンズチャレンジャー」の称号を保有していますが、
そこから「シルバーチャレンジャー」にステップアップするには、
完歩回数は増やさなくていいけど、
「24時間フルサポート3回以上」の経験が必要になります。

というわけで今年から3回連続でフルサポートをやることにしました。

チャレンジャーとして参加する時には毎年、岡山駅前の東横インで前泊するのですが、今年は敢えて西大寺で前泊を予約しました。
サポーターは大会の進行に合わせて移動するので車は必須なので、5月2日15時~4日12時までレンタカーも予約しました。

2日は、新幹線で岡山駅に到着してすぐにそのレンタカーを受け取ると、西大寺の老人施設に入居している私の母と面会に行き、その後でホテルにチェックインしました。







しかし、大会前日はいろいろと興奮していたようで、正直あまりよく眠れませんでした。
そして3日朝7時。ちょっと睡眠不足かな?という状態でスタート&ゴール会場のにやってきました。




私に割り当てられていたサポーターとしてのスケジュールは、
 5/3 7~9時 スタート地点
 5/3 11~14時 沖田神社(約11km地点)
 5/3 18~25時 閑谷学校(約60km地点)
 5/4 5~11時 ゴール地点
ということですが、当日朝にいきなり、
私と同じ移動スケジュールのYさんを一緒に乗せて移動してくれと言われました。
もちろん断る理由はありません。

当日の天気予報は「昼から雨」で、実際には11時に沖田神社に到着する直前ぐらいに降り始めました。
その立ち位置がたまたま橋の下で、半分雨をよけながら通過するチャレンジャーの皆さんに声をかけ続けました。

沖田神社から閑谷に移動するまでにちょっと時間はあったので、
少し遅めの昼食を兼ねて途中のローソンで休憩もしつつ、レンタカーで移動しましたが、
たまたまその移動経路が、チャレンジャーとして歩いた経路と重なりました。
「こんなキツい坂道を歩いてたのか…」と唖然としました。

そして雨も本降りになった中、閑谷のサポートが始まりました。




私は、大池緑地公園に入る交差点の直前で「横断歩道を渡ったらコーンの右側を歩いて下さい」と案内する役になりました。

トンネルをくぐって公園にやってくる皆さんの姿が見えるたびに、
そして皆さんに声をおかけするたびに、

「元気を与える」側であるはずのサポーターである私の方が、すごく元気をもらっています。

やっぱサポーター楽しい!

前の晩あんまり寝てない眠気を感じないほどにです。

そして閑谷でのサポートを完了して、雨も止んできて、
夜の国道2号線を運転してゴール地点の河川敷に移動しました。

駐車場に止めた車内でたびたび休憩しながら、
ゴールした皆さんをお迎えする最後のサポートです。

そりゃもう、ゴール地点は「最高の瞬間」しかない場所だから、サポートする側の我々も最高の気分しかありません。
ちょっとずつ休憩しながらも、声がけするのが本当に楽しくてしょうがない!
とにかくもう、やってる間は寝不足もすっかり忘れていました。

そして5月4日午前10時には、雨もすっかり上がって晴れでした。
まさに今年は「雨のち晴れ」の国で100kmでした。







サポーターとしてのミッションを完了して、レンタカーを返却して、高島屋のデパ地下の「すわき後楽中華そば」で昼食を食べて、そして新幹線で帰途につきました。
のぞみ号で岡山駅を出発した直後に寝落ちして、目が覚めたら名古屋駅のあたり。
そして翌日5/5は、24時間のうち11時間ぐらい寝てました。
とにかくもう、自宅の布団が愛おしくてたきりませんでした(笑)。

そしてその約3週間後となる5月23~24日、私にとって今年前半唯一の100kmとなる東京エクストリームウォーク100になります。
前と比べると身体は明らかに衰えているんだけど、早くなくていいからなるべく長く歩き続けたい。
以前と比べると大会参加の頻度は少し減らそうとは思ってるけど。