この2つの本質は外見の良さにある訳ではありません。
声を掛けてもらえるとそれだけで勇気ややる気がどんどん湧いてくる、それがこの2つの本質のはずです。
萌えというのはかわいさの本質に忠実な言葉だと思います。
かわいさとは我の弱さであり、かっこよさとは我の強さだと思います。
絶対に傷つけたくないという強い思いゆえにわが身を省みずどこまでも我を弱くできるのがかわいさの本質のはずです。
絶対に諦めたくないという強い思いゆえに身勝手を恐れずどこまでも我を強くできるのがかっこよさの本質です。
絶対に諦めたくないというのは身勝手なだけに思えますが、その実は、自分以外に対する思いゆえにのはずなんです。
それを勘違いしている人も結構いそうですね。
弱きを虐げるのをかっこよさと勘違いしている人もいそうですが、決してそんな事は無いんです。
我を押し通すだけなのもかっこよさではありません。打算や欲というのはかわいさとは真逆です。
ぶりっ子か否かは相手を思う気持ちがあるか否かです。無いのであれば、当然ぶりっ子という事になるはずです。
あるのであれば、それはぶりっ子とはなりません。
それに自分をどれだけ良く見せようとも、相手を思う気持ちがあるならば、それは嘘つきとは言いがたいように思えます。
相手を思う気持ちが無いのに、あるふりをするというのが最も残酷で許しがたい事なんです。
たとえ思う気持ちが無いような行動ばかりだったとしても、相手を思う気持ちがあるならば、やはり、それは嘘つきとは言えないと思います。
そういう風に考えない人もいるとは思いますが。