その本質は下や周りにいる人々への惜しみない感謝や思いやりではないかとそう思います。
カリスマと聞くと、それ以外の超人的な要素ばかり注目されるような気もしますが。
だから、独裁は真のカリスマではない。それに真のかっこよさでもない。ワンマンは真のカリスマではない、真のかっこよさではない。
自分1人ではどうしようもないから、色々と助けてください、教えてください、そういう素直さや謙虚さこそが一番大切なはずなんです。
多くの人は勘違いしている。そのような感謝や思いやりなくひたすら我を押し通しただけの人を偉人として賞賛するのは間違っている。
もてはやされるべきは身勝手であっても、意志が弱くても、分け隔てない惜しみない感謝や思いやりを何より大事にしようとする人。
そういう人は社会に適合しにくく、また、知能に障害がある人ではないかと思う。
分け隔てない惜しみない感謝や思いやりを大事にするのに一番邪魔なのは理性だから。そこに価値を見出さない賢さは真の賢さとは言えない。真の聖とは言えない。時代遅れな先人達への敬意を欠く事も同様。
「身勝手だからこそ、人に流されやすいからこそ、善や正義になりうる。」
身勝手さにも正しさは存在する。そこに真剣に耳を傾け、その正しさを理解しようとしないのは賢いとも優しいとも言えない。
意志の弱い人にも強さは存在する。それを理解しない人は賢い人と言えないし、真に強い人とは言えない。
「意志が非常に強く、身勝手さが一切無い」、それを善や正義や聖の唯一無二の形とするのが間違っている。だからこそ、世界は平和にならない。
アニメやラノベでそうでない形が出てきてるのは良い傾向だと思う。ただ未だに頭の固い人はいるだろうし、そういう人たちの方が力を持っているため、そのような新しい良い流れが潰されてしまわないかがとても心配ではある。
日本においては、一貫した意志の強さと身勝手さの徹底した排除こそが伝統的に優れてきたものだとされてきただけに。
「身勝手でも、意志が弱くても構わない。分け隔てない感謝や思いやりこそ大事なんだ。」