今、私はある食品関係
の会社で働いているが(そこにたどり着いた経緯はまた今度)トレーニングの真っ最中だ
倉庫の中でひたすら商品を覚えている。これが終われば、担当を持って営業と言うことになる。
先週、1匹のねずみを見かけた。当然退治すべき対象だ。しかし、会社のスタッフはねずみを見ても退治しようとしない・・・![]()
食品会社の倉庫でねずみ・・・商品を食い破ったり、菌を媒介したりといいことはなーんも無い。倉庫の中にはネズミ捕りの罠が無数に仕掛けられている。
なぜか・・・それはこのねずみ、後ろ足が動かないのである。前足だけでズルズルと人目をはばからず動くのである。
「そんなの理由になるか
消費者にそんな商品を供給するな
」とお叱りを受けるかもしれない。
でも、前足だけで歩く姿を見ると駆除する気にはなれなかった。多分他の人もそうだったのだろう・・・
そのねずみが今日、死んでいた。![]()
駆除されたのではない、力尽きて通路で死んでいた。
私はなぜかそのねずみを見ていて考えてしまった。食品倉庫で駆除を免除されたねずみ。生きていくために必要な食べ物には不自由しない、まして駆除もされない。こんな至れり尽くせりの環境は他のねずみにはありえない。なのに・・・
彼が持っていなかったもの・・・それは健康であると言うことだった。
どんなに恵まれていても、人から許されていても、先天的か後天的かは分からないが、体が自由ではなかった。
私はそのねずみと自分を比べていた。この年まで死にかけたことはあったが、取り合えず健康で、妻と出会い、子供と出会い、
ハワイに暮らす。こんな人もうらやむような人生を私は今、生きている。
親に感謝。妻に感謝。子供に感謝。そして出会った全ての人に感謝。
そして、自分にも。
自分が不幸だと考えている人がいたら
「あんたはなんてラッキーなんだ
」と言ってあげよう。
「自分が不幸って考えられる思考を持っていること自体がなんて贅沢なんだろネ
」
そんな風にあのねずみは死して教えてくれた気がする。