みなさんは感じた事があるだろうか。
人生で「これは必要なくね?」という不条理を。
しかし
それらは
合理性の元に成り立っている事が大前提でもある。
それでも
いらないものはいらない。
NOと言える人間になろう
俺は、予てからオカシイと思う事がある。
みなさんは共感できるだろうか?
それはあまりにも日常的過ぎる。
老若男女、日本いや世界共通な事なんだ。
もしかしたら
本当にこんな事を感じているのは
俺だけかもしれない。
そう
レーズンだ。
干しブドウだ。
なんで
干したんだ・・・。
俺は
ピッチピチのブドウが食いたいのに
なんでカラッカラにしやがったんだ。
いや
カラッカラなら諦めもつくだろう。
海でピチピチいってたカツオですら
かつお節になっちまう時代だ。
そしてかつお節は日本料理に欠かせない存在になている。
だが
干しブドウはどうだろうか。
ブニブニ、グニャグニャ、まるで生殺しブドウだ。
アクセントとしての干しブドウ。
俺は、干しブドウというアクセントが大嫌いなんだ!
つーか干しブドウが大嫌いなんだ!
干しブドウ!
干しブドウ!
干しブドウ!
干しブドウに限った事じゃないんだ!
ドライフルーツ!何でフルーツをドライにしちゃうんだこのバカ!
「さあさあ、ピッチピチを召し上がれ♪」
と収穫されたフルーツ達の気持ちを考えてやれ!
生で果汁たっぷりが果物の良さではないのか!!?
「アカン死んでまう」
と生殺し状態の果物達。
『天日に干すことで糖分や栄養素が増す』
なんて、そんな事より大事な事があるんじゃないだろうか。
合理性の元に成り立つ不条理。
それは
乾いた果物。
きっとこんな事を
そしてこの文章をマジメに1日考えていたのは
世界で俺くらいだろう。テヘ♪