幼い頃からずっと自分の世界に浸る癖があった。
周りと自分の境界線がくっきりしてて
同じ空間にいても自分だけ違う世界線にいる感覚だった。
周りと同じ世界線になるのは
叱られる時だけ。
どうして周りの子と同じになれないのって
母親に泣かれる時だけ。
周りが嫌な気持ちとか悲しい気持ちになった時だけ
自分は連れ戻されるし認知される
そんな感覚だった。
ずっと周りを嫌な気持ちにさせるんだなと思い周りと同じになりたくて努力しても「自分なんかが同じになりたいなんて」と申し訳なくなって
逆に自分は周りと同じにはなれないんだと開き直ったら今度は「自分は周りと違うと思ってんのが無理」と言われて
そっかそうだよねごめんなさいと思いながら
もう傷つきたくなくて、傷ついてるのを知られるのが嫌で
気にしてないよって顔をしてしまう。
ずっと傷ついてるはずなのに
認めたら向き合わなきゃいけない気がした
向き合ったら生きていけないと思った。
根本にあるのは世間を知らなかった幼い自分
何も知らない頃嫌という程見せられた周りの嫌そうな顔
悲しそうな顔
発達障害がまだあまり世広まってなかった頃の記憶
大人になって時代が変わった
発達障害と診断された
親も理解してくれるようになった
周りに言ってもむしろ助けになってくれる
誰一人面と向かって馬鹿にしてこない
職場では上手くいかないことが何度かあったけど
今のところはカミングアウトしてる人もいる
助けてくれる
出来ないことをわかってくれる
幸せ
なはずなのに怖い
だってこんな平和な世界生きたことがない
必ずいつかある日暴言吐かれる
理由がわからないまま突然人は怒る
わたしを嫌う
笑う
絶対その日が来る
たとえ今日が平和でも
わたしが生きやすいのはありえない
いつその日が来てもいいように
わたしは自傷しなきゃいけない
いつその日が来てもいいように
「わかってたよ」の印をつけなきゃいけない
たくさん薬を飲まなきゃいけない
副作用の気持ち悪さを感じてなきゃ
自分の中に、見えるところに、存在させてなきゃいけない
周りから受けるであろう傷よりも
深い傷をつけておかなきゃいけない
自分のことは自分が一番傷つけなきゃいけない
ずっと生きたくないなと思ってるけど
一方でここまで生きたんだから親より先には死ねないなという諦めがうまれて
それだけの理由で今生きてるんだけど
あまりにも死ぬイメージをしすぎてるから
ほんとにある日ふらっと死ねるんじゃないかと思いだした
シュミレーションし続けると
それを実行出来る日が来る気がして
何となく好きな人に話したら
それも人生じゃないって言われた
あー
わたし、きみに死んでほしくないって言われたかったんだなって
思ってるのが今
結局諦めたフリして
生きるのを望まれたかったんだな
馬鹿みたいに人間らしいね
追記
生々しい映画を観てる