朝井リョウの正欲を読んだ。
人生初めての朝井リョウである。
もちろん朝井リョウはデビュー作から有名であるし、知ってはいた。
しかし有名だから好きとは限らないと私お決まりのつっぱねを発揮したため、読んでいなかった。
ことを後に後悔する。
裏表紙のあらすじの時点で良い。
読む前の自分には戻れないとは何て甘美な響き。
そんなこと言われたら読むしかない。
以下ネタバレ
裏表紙のあらすじを読み終えた私は、期待に胸を膨らませながらも緊張の面持ちで本を開いた。
良すぎ!!!!!!!!!
始まりの作中作を読み終わった時点で朝井リョウのファンになる私。
なんだこの華麗に日常を拾い息苦しさを眼前に突きつける作品は。
電車で広告を見かけるたびにこの本を思い出す呪いにかかりました。ありがとう。
多様性という言葉が広がり、他者に寛容に、生き易くなる筈だった。だが実際その逆である。そんな事実を白日の下に晒す本。つまり本の形をした暴力。それが正欲である。
作中で明らかになる夏月の秘密。
それは性的対象が水であること。
え???????????????????
そんな人いないだろと思いましたか?
私は思いました。何を言ってるんだろうと頭がクエスチョンマークで埋め尽くされました。
しかし天下の朝井リョウ。
何故か水を性的に書ける。
なんで???????????????
いや確かに水も滴る良い男は聞いたことがある。
でも水単体でエロくはならんだろ。
なります。
朝井リョウの手にかかれば、水もエロくなります。
ほんとになんで????????????
これに関して未だに理解できない。
とは言え脱線しすぎた。
小説の内容に戻ろう。
マイノリティは所詮マジョリティの人間が自分たちの文脈の中に組み込むためにある言葉。同性愛者にマイノリティとしての居場所はあっても、性的対象が水の人間に居場所なんてない。
本を読むうちに私は無意識のうちに、誰かを阻害していることに気づく。自分の理解に押し込め、相手に生きづらくさせていた。今までそれをされて嫌だった筈なのに。
怖い。身に覚えのある台詞の数々が。
現代社会の生きづらさ。
それを作ってるのは紛れもなく私達である。
気づかせてくれてありがとう。
気づきたくなかった。
この本を閉じたら息苦しいフィクションが終わり息苦しいノンフィクションが始まる。
現実と向き合いたくないため、一息つく。
読み始める前の意気揚々とした気持ちは何処に行ってしまったのだろう。
ただいま、生き辛い現実。
ところで、何で朝井リョウはここまで物事を俯瞰的に見れるのだろう。その割に登場人物は近視眼的、つまり私達と同じ目線。なんだこの感覚。朝井リョウって神?????
と思っていたら電車で朝井リョウの新刊「イン・ザ・メガチャーチ」の広告が目に飛び込んできた。
「神がいないこの国で人を操るには、“物語”を使うのが一番いいんですよ」
やはり只者ではない。