「ね、なぜ旅に出るの?」「苦しいからさ。」
ということで
人生で一度は行きたいと思っていた津軽へと旅立った。
今回のブログでは、本の感想ではなく旅の思い出を綴る。
私は免許がないため電車移動となり、旅行先ではかなりの苦難を強いられることとなった。
同じく電車で太宰治を追い旅をしようとする方の参考となれば幸いである。
基本的に青森県内では電車が1時間に1本あるかないか。下手すると2時間待ちである。さらに交通系ICが使えない。正確に言うと青森駅などが通っている奥羽本線は使えるが、太宰治の生家斜陽館へと向かう五所川原駅が通っている五能線は交通系ICが使えない。そのため間違えて新青森駅などで交通系ICをタッチすると、五所川原駅で途方に暮れることとなる。飛んだトラップである。(名誉のために言わせていただくと、下調べをしていたおかげでトラップには引っかかっていない。)
とはいえ、大宰治は列車で津軽を旅したと記述しているため太宰治の足跡を辿りたいなら電車の旅も悪くはないだろう。
かなり前置きが長くなってしまったが、旅行について語っていく。
1日目
9:00-青森駅 到着
ねぶたの家ワ・ラッセ 観光
五所川原駅に向かう電車まで約50分ほど時間があるため、駅から徒歩2分のねぶたの家 ワ・ラッセに向かい早速観光する。なかなかの迫力で気圧されるほど。ねぶた祭り一度見てみたい。
9:52-青森駅 出発
電車の中から林檎畑が見え、青森県に来たことをより実感する。
11:04-五所川原駅 到着
五所川原駅での出口で駅員さんに手渡しで切符を渡すシステムには驚愕する。そしてなぜかJR五所川原の出口より手前にある津軽鉄道五所川原の出口。こっそり出れるよねこれ。勿論そんな事はしないが。
太宰治「思ひ出」の蔵 観光
五所川原駅から徒歩5分。建物は蔵のため小さく50分の乗換え時間ロスを埋めるにはぴったりである。母と慕った叔母キエ一家が太宰の生家である金木の津島家から分家した際に建てられたものである。
12:00-津軽五所川原駅 出発
待ちに待った走れメロス号でいよいよ津軽に向かう。喜びと期待に胸を膨らませ鉄道へと乗り込む。しかし降り方がよく分からない。他の乗客を見ていると、如何やら降りる時に駅員さんに声をかけ切符を渡すらしい。万が一降ろしてもらえないと困るため、前方へと移動する。きちんと降りれるか緊張が走る。
12:32-芦野公園駅 到着
駅舎 ご飯
無事目的地で降り、駅舎でご飯を食べる。
太宰治銅像、太宰治文学碑 観光
ご飯を食べた後は太宰治銅像と太宰治文学碑を見に行く。歩いて6分程度。思った以上に銅像が高い。文学碑は見つからずウロウロしてしまったが、真後ろにあった。かなり大きいため何故見落としたのか、愚鈍にも程がある。
太宰治思い出広場 観光
文学碑から雲祥寺へと向かう途中にあるのが太宰治思い出広場。作品の年代順にレンガに作品の題名パネルが埋め込まれている。真ん中にはベンチがあり休憩もできるが、時間がないため先へ急ぐ。
雲祥寺 観光
後生車と言う鉄の輪を幼い太宰は日が暮れるまで回したらしい。私も回してみた。錆びており、ギッギッと音が鳴る。昔はもっと軽快に回ったのだろうか。時の流れを感じる。
斜陽館 観光
1番の目玉、斜陽館に到着。正直アクセスの悪さから訪れることはないかと半ば諦めていたため、斜陽館の建物を見ただけで感極まってしまった。そっと足を踏み入れると、あまりの豪奢っぷりに驚嘆した。現代のお金に換算すると7、8億円かけて建てられたと言われている豪邸なだけある。太宰治が、いや津島修二が生まれた部屋が記されていた。生まれてきたことに感謝を捧げる。
しかし六男であまり良い扱いを受けていないと言われているが、この豪邸では人から羨ましがられるのではないか。そういった相反する人からの扱いが、津島修二という人間を作り上げたのだろうか。
産直メロス 観光
斜陽館の目の前にあるお土産屋さんである。せっかくなので軽く覗いたが、これが大きなタイムロスとなる。
太宰治疎開の家 観光
津島家の離れであり疎開した太宰治が暮らした家である。斜陽館と同じ和洋折衷の重厚な建物で、これまた見所がある。
だが、入園料を払ったところで漸く時間がないことに気づく。現在時刻は16:25。次の電車は16:51である。これを逃すとその次は18:57発の終電となる。金木駅で2時間暇になるのは避けたい。(疎開の家は17:00までであり、他にすることがない。)駆け足で観光し駅までダッシュするはめになる。これはかなり悔やまれるため、機会があればまた行きたい。先述した通り交通系ICが使えないため、切符を買う時間も必要である。走れ私。
16:51-金木駅 出発
なんとか間に合い切符を買う。電車が来る前に駅員さんが声をかけ線路を渡りホームに行くシステム。轢かれるのが怖くてやや小走りで渡る。
17:13-五所川原駅 到着
何故か五所川原駅周辺のホテルに泊まる。よく考えれば次の日は弘前に行くのだから、弘前のホテルに泊まるべきである。計画性の欠如が垣間見える。
何はともあれホテルで夕飯を済ませ就寝する。明日に向け英気を養はねばならない。
2日目
7:00-起床
急いで支度をし朝食を食べる。その後忘れ物がないかを入念に確認し、五所川原駅へと向かう。
9:28-五所川原駅 出発
今回の旅で1番利用した駅である。いよいよ旅の終わりが近くなってきたことを実感し、寂しくなりながら電車に乗り込む。
10:12-弘前駅 到着
バスがないため、太宰治まなびの家まで20分歩く。昨日から歩きっぱなしのため、段々と足が疲れてきた。
太宰治まなびの家(旧藤田家住宅) 観光
最後の太宰治ゆかりの地である。
太宰治が官立弘前高校へ通うため、下宿していた家である。藤田家は津島家の親戚筋にあたり、部屋や使用した机に加えて柱に書いた数式の落書きまでも残っている。実際に太宰治が使っていた椅子にそっと座り、感慨に耽る。この旅行で訪れたかった太宰治ゆかりの地は全て回れた。この旅で少しでも太宰治の心の内に近づくことができただろうか。
その後は、10分おきに走行してる土手町巡回バスで旧弘前市立図書館や弘前城を観光し、弘前アップルパイガイドマップで気になったアップルパイを食べ、青森を満喫した。しかし、帰りの関係でこの日も走って駅まで向かうことなってしまった。人というのは過ちを繰り返す。致し方ない。
弘前は城下町で観光スポットが思っていた以上に多く、全ては巡れなかった。今回行けなかったふかうら文学館も合わせてまた訪れたい。次は桜の季節にでも。
長々と書き連ねたが、これにて旅の思い出は終了である。
さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行かう。絶望するな。では、失敬。