マルチOSプレーヤー
職業がら、
普通のパソコンはもちろん、
産業用PCや、サーバ機も、
Windows ダケでなく、Linux(種々のディストリビューション)や、
果ては Mac も。(「果て」などと言うと Mac ファンに殺されそうだが)
昔と違って、今はある意味楽だ!
何故か?って!
Windows も、Linux も、Mac ですら、
今や、DOS/V アーキテクチャの PC で動くから。。。
DOS/V って?
もう今更、
10代の若者に説明しても何の意味もないが…、
かつて、コンピュータの創世記
(そこからかよ!)
え~、~; (中略)
国内では、いわゆるボードメーカーが…、
(そんなの、若者には通じないって!)
では~、~; (中略)
かつて(昔の)コンピュータは、
国やメーカーが違えば、
ハードウェアが根本的に違うし、
OSやソフトも全く違うもので、
全く相容れないものだった。
もちろん今でも、物理的にはどんどん進化してるし、
数年前のパソコンと同じハードウェアなどはあり得ない。
だが、かつてはそういう「違い」とは全く別の次元で、根本的に違った。
(ほぉ~、お兄ちゃんヨォ!)
っでっ!何でここに出てくるんだよ!
(また、オモシロそーな話じゃねぇーか!)
ちょっと!あまり茶化さないでよ!
やりづらいから。。。
(わかってらぁー!
おとなしく聞いててやるからヨォ!
とっとと、続きを頼むぜ!
おっと、断っておくが、
おいらが聞いてんだからよぉ、
わ・か・り・や・す・く! 頼むぜ!)
はいはい、分かりましたよ!
(おい!兄ちゃん!
「はい」は一回でいいんだぜ!)
は~い! 分かりましたよ!
(ん゛! 何だか気の抜けた「はい」じゃねーか!
しっかり頼むぜ!)
もう…
いちいち、古臭いんですよ!
(何だとぉ!こらぁ!
そういう所がなぁ、おめぇはまだ人間ができてねぇ・・・・・・)
言わんとする所は分かっちゃいるが、
コレに付き合っていると先が進まないので、一気に行きますよ!
そう、昔と今の違いは、どう違ったかというと、
今の違いはせいぜい、
テレビ局で放送する内容が違っていても、
どの局も、デジタル放送で番組を流しているようなもの。
昔は、アナログあり、ラジオあり、モールス信号あり・・・
というくらい、モノが違えば、全く意味を成さないほど違った。
そういう、コンピュータの構造、
俗に、アーキテクチャーと呼ばれるものが、
世界的に統一されたのが、1990年代だ!
今の、DOS/Vアーキテクチャがソレだ。
今のパソコンは何処のメーカーも、海外のものでも、
OSさえ同じであれば、基本的に同じソフトが動く。
この、DOS/Vアーキテクチャを作ったのが、IBM
さすが世界のIBMだ。
余談だが、IBMはチョット前までパソコン分野にも
かなりの力を入れていて、特にノートPCでは、
Think Pad という牙城を築いたともいえるが、
今はあっさりと手放してしまっている。
何とも潔い話だが、そこに固執しない姿勢が、
やはり王者の風格なのだろう。
余談はさておき、
今や、Windows のみならず、Linux(かつての UNIX)、Macも、
それらが動くベースになっているものこそ、
DOS/Vアーキテクチャのパソコンなのである。
もちろん技術革新があって、
進化するべきものはドンドン進化してゆく。
それでも、最も基本的なものは変わらない。
その証拠に、Mac のパソコンで、Windows が動いたりする。
あるいは、マルチブートで、Windows や Linux を、
同じマシンで動かすことも可能だし、
最近「クラウド」などと、まるで雲をつかむような、
何でもかんでも「クラウド」と言えば、
新しいような顔をしているものたちも、
それが、まるで魔法の様に、
必要な時に必要なだけ、便利に使えると謳える背景をも支えている。
そしてまた、
OSが、Windows であろうが、Mac だろうが、Linux だろうが、
徐々にではあるが、使い勝手、即ち、操作方法まで、
似通ってきている。
いろんな意味での、垣根がどんどん取り去られてきている。
パソコンだけじゃない、iPad、iPod、スマートフォン、etc.
色んなものが、その領域をどんどんクロスオーバーして行く。
テレビですら、インターネットが楽しめる時代だ。
まさに、トースターにも UNIX が搭載される時代になった。
(このエピソードについては、後日ゆっくりやることにしよう)
兎に角、
いい時代だ。
ここにタイトルでいいのかな?
なんやら、アメブロの記事を書くエディタが「お試し版」
ちょっと試して見ようと、使ってみている。
しかも、この記事を書いている環境は、CentOS 6 の Chrome だ
前置きはさておき、
「お試し版」だけあって、冒頭に
「新しい記事投稿画面の不具合をお知らせください」とある。
いきなりそう言われても、
どんな新しい機能があるのか、
どう使えばいいのか、
そもそも今までのだって
どんな便利な機能があったのか???
私も面倒くさいのはまっぴらごめんなので、
普段から
リンクやバナーはもちろん、
文字修飾もほとんどやらず、
ベタなテキストだけ
そもそも、あまり色気を出すことに注力してないので、
人目を引く工夫も、苦労も、努力も、
まったくと言っていいほど、
興味が無い。
では、どういう積もりなのかと問われれば、
気ままに
肩肘はらず
というか、気が向いたら
そこにある興味や発見を
記憶のメモ帳に書き込む
位の感覚で
ブログにせっせと?書いているだけ・・・v(^^;
という、ユーザーにとっては、(やはり、前置きが長い)
まったく違和感がなかった!
(せっかくだから、色とサイズを変えてみた。)
今の若者たち。。。
そうだな、ザックリ言って、平成生まれの方々は、
まだ「昭和時代の方が年数が長い」ような私と違って、
携帯電話やモバイル機器と共に育ってきた。
言わば戦友のような(と言う表現自体が古すぎるかもしれない)
つまり、当たり前、の中だ。
そういう話の方向で行こうと思ったが、
「ちょっと違うな!」
もとい、
所詮、力の入れ方の違いだけだろうが、
あまり、デコレーションに凝る必要性を感じない。
だから、どんな高機能なエディタだろうが、
如何に優れた機能が提供されようが、
どんなに奇抜な絵文字だろうが、
まったく評価の対象にならない
と言うわけで、
新しいエディタと、古いエディタ、どちらも同じでした。
そうそう、思い出した!
さっき、気づいたのは、
機能はどうあれ、
見た目はどうあれ、
強いのは、
より「原始的なもの」
ということだった。あたりまえだが、
こんな事に紙面を割いていいのか?
とも思うが、
自然界の原理原則、とでも言おうか
華やかな現代に警鐘を鳴らす意味で、
改めて確認しておきたい。
高度なもの、
複雑なもの、
より、大量であること、
情報量が多いこと、
他に無いものをたくさん持っていること、
そんなものがいいとは思わない
本当に強いものは、
より単純で、シンプル
他を圧倒するようなアンバランスは持たない
どこにでもあるようなものである
かと言って、
現代の世情を否定する積もりもない
どんな時代でも,
先端は鋭く、こなれていないものだから
所詮、どうこうしようと思い上がってみても、
自然淘汰に勝る術は無い
ただ、
どんな時でも、
本当に強いのは、どんなものか?
どうあるものが後まで残るのか?
自然の摂理が教えてくれるだろう。
現代の生活がどんなに変化しようとも、
学ぶべきは自然からではないか?
どうあがいても逆らいようの無い自然、
人間がそういう存在であることを
忘れてはならない。
そして思い出そう、
自然と共に生き、生かされることを
断っておくが、
先端技術を否定する積もりは無い
むしろ、「No.2 じゃダメなんですか?」
などと言う愚問には、
相手にする気すら起こらない。
生命の生存原理すら忘れた愚かな考えだ。
そうそう、一時話題になったことでもあるし、
チョコっと掘り下げてみると、
この話のおもしろいところは、
決して技術の世界だけの話ではないことだ。
そのように思われている向きもあるかとは思うが、
実は、No.1でないことに甘んじること自体が、
生物の生存原理を否定する事になる。
つまり、淘汰され、
存在がなくなることに甘んじるということだ
それくらい、
愚かな考えであるということ
どんなことでも、No.1でなければ生き残れない。
そうやって、進化を遂げない限り、
旧態依然として忘却の徒と化すか
自然淘汰され消えて行くか
そういう、
生命として当たり前の原理原則と
一方は、スケベ心まる出しで謳った「子ども手当て」
こんなバカな仕組みが長続きするはずもなく、
それどころか、その愚行ゆえに早速回ってきたそのツケとを、
単に「金額」と言う量りに掛けるなど
凡そ国政を預かる人間のすることではない。
と考えてしまうが、、、どうだろう?
寄り道はともかく、
どうやって
やりたいことを
一番簡単で単純な方法で実現するか
そう、
めんどうな事は所詮永続きしない
そして、
どんな時でも
自然が、
その答え、あるいはヒントを
教えてくれる。
ん~、~;
新しいエディタを試してみるには、
少々込み入った話になってしまったようだ。
とりあえず、
こうやって記事を書くのには、
何の支障も、不具合も、ない。
そうだ、
こういう所でも、
単純な機能を使う方が
もっとも支障が少ない。
zzz
台風とセミ
西日本に襲いかかる台風12号
ゆっくりした動きと、太平洋高気圧との関係で
膨大な量の雨をもたらしている
そして、大潮の時期でもあり、満潮も重なる
ここ千葉県では、
今の所、雨量こそ大したことはないが
真っ黒な雨雲と、その隙間からは青空が顔を出し、
上空には白い雲
明け方は風が強く、窓ガラスが戸がゴトゴトと音を立てていた
昼近い今は、朝ほどではない。収まってきているようだ
それでも、雨雲は結構な速さで北へ向かって流れ続ける
時折、急にザァーっと雨が降り出し、
そうかと思えば強い日差しに照らされる
いわゆる「天気雨」
昨日も昼頃、強めの日差しが射す中、
大粒の雨が降ってきた
アスファルトを見てみると、
落ちているはずの雨粒が見えない
シャツにも、雨粒が当たる感触はあるが
ぬれている感覚がほとんどない
建物に入って改めて見てみるが
やはり濡れてない
すぐに蒸発してしまったようだ
風が収まってきたからだろうか、
窓の外から、セミが鳴く声が聞こえる
夏はまだ終わってないぞ
そう言いたげだ。
それでももう9月
今は台風で熱気に包まれているが
ひと段落着けば
少しずつ涼しくなるだろう。
唐突な応援歌
唐突ですが
川嶋あい って、ご存知でしょうか?
一応、シンガーソングライターという肩書きがあるらしい
AKB48ほどメジャーに売れている訳じゃないので
その名前を聞いて反応できる人は少ないかもしれない
しかし、全くの無名でもなく
そこそこ、music sean ではスマッシュヒットも飛ばしているので
曲を聴けば、「ああ、そういえば聴いたコトあるよ!」
という人も多いだろう
千葉県民なら、FM放送で、Bay FM を聞く人も多いと思う
平日は分らないが、日曜日の午後
Bay FM で頻繁にかかる
地元の地方銀行でもある
千葉銀行のCM ソングだ
「Smile to the sky」
コレを歌っているのが、
川嶋あい
ちょっと気になって調べるまで知らなかったが
この子の歌は数曲聞いた覚えがある
メジャーじゃないのに
記憶に残っている
千葉銀行のCMソングも
始めは「誰が?」という意識も無く
どちらかと言うと素通りに近い
空気のような自然さで
サラーっと聞いていた
いっぱしの歌手が唄う風でもなく
どちらかと言うと
素人っぽい
そんな親近感がある
しかし、
彼女の魅力はそういう所ではない
という事に気づいた
噛めば噛むほど
味が出る
そう、
歌の方は
プロっぽくない
しかし、
一旦、体が共鳴すると
何度も聞いていたくなるほど
不思議な魅力がある
スルメ
と言っては失礼だが
身近に感じる何か
そういう何かを感じている人も多いようだ
この CM .ソングは
いわゆる
未発表曲
まだ、正式にはリリースされていない
ネット上でも
You Tube を除けば
まともに聞けるのは
千葉銀行のライブラリページ
くらいだ
そんな中
リリースを望む声も多い
それにしても
イチ地方銀行の CM ソング
として作ったとは思えないほど
の完成度があった
それに気づくまで約半年かかった
ダイヤモンドのように
分りやすい輝きでなく
大地にしっかりと根を降ろしたかのような
地味な輝き
人の心に
一言ずつ語りかけるような
そして
その泉が溢れ出すように
ある時、突然
心の襞が震え出す
ふと気づくと
すぐ隣にいるように感じる
そして
何を勘違いしたのか
自分もそんな風に唄えるような気がする
不思議だ
C言語
昔々、あるところに Ada と呼ばれる言語があった。
おっと失礼!
今でもちゃんとあるじゃないか!
その後で産声をあげ、流行り出したコンピューター言語があった。
その名は、C
そう、書店のコンピュータ関係の書棚においてある「C言語」だ。
その名の由来には、いろいろな説があるが、
Ada の次は、B から始まる
と、想定して
更に次の世代を担うスーパー言語という位置づけで
単に「C」
と名づけたと言う説が最もしっくり来る。
コンピューター言語は、
最も原始的な「機械語」から始まった。
機械語とは、コンピューターが直接実行できる命令だ。
「おぅ! あんちゃん!」
(出たぁ、おせっかいオヤジ!)
「おめーらはよぉ、当たりめーな面して
ワケの分からんねー言葉ばっかり使うじゃねぇか!
き・か・い・ご、だぁ!?
機会の言葉かぁ???
そんなの、フツーの人間は理解できねぇーんだよぉ!
もっと分かりやすく説明してくんねーかなぁ!」
ねぇねぇ、そんなに知りたいんですかぁ~、~;???
「別によぉ、どーしてもってワケじゃねーんだがな!
おめーさんが、オモシロそうな顔でしゃべってるからよぉ
ちょっと興味が沸いただけでぃ!!!」
ふ~ん、そうですか
まぁ、いいでしょう。それじゃ分かりやすくいきますよ!
コンピュータは日本語で「計算機」
即ち、計算をする機械です。
一方、同じように機械の中でも、
「音を奏でる」機械もあります。
人が奏でる楽器ではなく、機械的なもの、分かりますかぁ??
「おっとぉ、いきなり振るんもんじゃねぇよ!
えーっとぉ~、~
おー、そーだ!
オルゴールなんて、そうじゃないかぁ?」
ご名答です。
「それがどーかしたのかぁ???」
では、そのオルゴールは、
どうやって音が出ますか?
「そりゃよぉ、ゼンマイ巻いてやりゃぁ、音がでらぁ!」
んf~、~;
私が聞いているのは、音が出る仕組みの方ですっ!
「おぅ!兄ちゃん!
オレをなめんじゃねーぞ!
これでもなぁ
鍛冶屋のガンコおやじ、ってなぁ~、オレのことだ!
機械のことなら任せときな!
オルゴールはヨォ、
音階が出るベンをヨォ、
ドラムにつけた爪が弾くことで、
音が出るんじゃネーか」
さすが!ご名答です。
「で!
それが、き・か・い・ご、と
何の関係があるんだよ!」
えーっと、
音階が出るベンの方がコンピュータとすると、
ドラムに付けた爪、が、機械語みたいなものです。
「ん???
ますます分からねぇーじゃねーか!」
だからつまり、メロディーに合わせて爪を配置すると、
オルゴールがメロディーを奏でるでしょ?
「おぅ、ガッテンだぁ!」
同じように、計算したい内容を機械語で入力すると、
コンピュータがその通りの計算をしてくれるんです。
「ほぉ~@o@、
なるほど~、~
き・か・い・ご、ってのは、ドラムの爪か~
でもよぉ、コンピューターってのは、
電気で動くんだろ?
その機械語ってのは、
どうやって「爪」を出すんだよ!
おっと、それじゃ、少し電気の話になりますよ!
「よぉ、兄ちゃん!
今の鍛冶屋ってのはなぁ、
電気炉だって使うんだぜ!
なめてもらっちゃいけねぇなぁ~!」
はいはい、分かりました^^;
では行きますよ!
電気では、爪の「あり」と「なし」を、
電流が「流れる」か「流れない」で表現します。
電流が流れていれば、爪が出ている状態、
流れてなければ、爪がない状態です。
「ほぉ~、~
それで計算ができるのかよ!」
はい、その信号を演算装置に入れるんです。
「へぇ~、
じゃぁ、その演算装置ってのは?」
んf~、~;
何と言っても電気を使うので、
いわゆる電気回路のかたまりですよ!
「ほぉ~、~
電気回路ねぇ・・・
まぁ、いっか!
でもよぉ、兄ちゃん!
何か一つ忘れてネーかぁ?」
えーっとぉ・・・
「ったくよぉ、
ゼンマイだよ、ゼ・ン・マ・イ!
同じ機械なら、コンピューターにもあるんじゃねぇーのか!?」
あぁ、それ、
「それ、って、何だよ!」
電気ですよ。デ・ン・キ!
「かーっ!
そーゆーコトだったのか!
道理で、何がどう動いてんのか、分かんねぇーワケだ!」
っていうか、おかげでまた、
本題に入る前の、前置きが長~~~くなったじゃないですか!
さて、余談も終わったところで本題に戻ろっとv^^;
そう、一番原始的な言語が機械語
機械語は、0(ゼロ)と1(イチ)の羅列でしかないので、
普通の人はソレを見ても何が何だか分かりません。
ちなみに、今でこそ機械語でも何でもキーボードから入力できるが、
創成期のコンピューターでは、プラグやスイッチで入力してたのです。
一つのスイッチかプラグが1ビット
ソレを一つずつ、間違えないようにセットして・・・
うへぇ~、気が遠くなるぅ~、~;
ていうか、
そんな事してる間に、手で計算した方が速いじゃん!
というスピードだっただろう、
それでも、現代コンピューターの礎を築いてくれた先人たちに、感謝!
おっといけない、また道草を食うところだった。
機械語の次が「アセンブリ言語」または「アセンブラ言語」
これは、機械語と1対1の命令文で記述されるもので、
「ニーモニック」と呼ばれる略号のようなものを用いて表記する。
ここまでがいわゆる低級言語と呼ばれる。
(ちなみに、通常、中級言語という分類は存在しない。)
それ以外で知られているほとんどのコンピュータ言語は高級言語だ。
BASIC, FORTRAN, Pascal, Ada, Visual xxx, .Net xxx, Ruby, etc.
もちろん、C言語も高級言語に分類されるが、
その言語仕様から、低級言語に位置づける人も少なくない。
その理由は、「ポインター」機能だ。
普通のコンピューター言語では、
メモリのアドレスを直接表現することはできないが、
C言語では、「1000番地」とか「この変数のアドレス」などが
表現できてしまう。
それどころか、局所的に直接アセンブラで記述することも可能だ。
そして、言語仕様自体は実にシンプル。
これらが、低級言語と言われる所以だ。
だからこそ、あらゆるオペレーティングシステムの、
記述言語として不動の地位を持っている。
「言語仕様はシンプル」と前述したが、
C言語を特徴付ける「ポインター」でつまづく人は多い。
もし、つまづいても、
本屋で別のC言語の本を買うのはほとんど意味がない。
(基本的に書いてあることは一緒なので)
出版社もソレを知っていて、
わざと色んな本を出しているとしか思えないが、
それだけ悩めるひとが多いのかも知れない。
深追いはしないが、ポインター機能について、サワリだけ、
たった3行の自爆プログラムで見ることができる。
// ゼロ番地にゼロを書き込む //
main()
{
char *ip; //ポインター変数宣言//
ip = 0; //ポインターにアドレス(ゼロ)を設定//
*ip = 0; //ポインターが指すメモリ(ゼロ番地)にゼロを書き込み//
}
ここでつまづく人はまずいないと思うが、
コレが理解できなければその先はあり得ない。
その先の、配列あたりは大丈夫だろうが、
構造体や四則演算などの組み合わせで苦しむ人は多いようだ。
しかし、それをクリアすれば、
縦横無尽にポインターを振り回すことができるだろう。
そうそう、元々C言語はUNIXの標準言語で、
UNIX自体やCコンパイラもC言語で記述されている。
いずれも非常に移植性が高い。
四半世紀以上たった今でも、
バリバリ現役の言語だ。
本当に、絶対やってはいけません
ちょいとばかり前に話題になった
(ホントか?)
「絶対にやってはいけません」の
禁断のコマンド・・・rm -r /*
rm は、ファイルを削除するコマンド
-r は、rm コマンドのオプションで
「サブディレクトリも階層を全て辿って削除」
/* は、削除対象の指定で
「ルート以下全て」の意味
コレがそのまま実行されれば、
すべてのファイルが
跡形もなく
綺麗サッパリ
削除される
そして、
メモリ上にロードされているシェルの
内部コマンド以外は
何も使えなくなるはず
しかし、
こんな破壊力抜群のコマンドが、
野放しで放置されていることは少ない
(どういうことか?)
大抵は、黙ってても
rm -i にエイリアスされていることが多い。
エイリアス(alias)とは、
入力を置き換えてくれるもの
rm ほにゃらら
と入力したら
rm -i ほにゃらら
に置き換えてくれる
rm コマンドの -i オプションは
インタラクティブモード
即ち、削除対象ファイルの1つ毎に
「本当に削除しますか?(y/n)」のように
いちいち確認する
従って、rm する対象が間違えていても
大抵の場合は、
その確認によって気づくことができる
「な~んだ、大丈夫じゃないか」
と、安心するのはまだ早い
rm -i への alias が設定されているか?
コマンドラインで、alias
と入れてEnterキーを叩くと
alias 設定の一覧が表示されるはずだ
そこになければ設定されていない
(諦めるのか?)
自分で設定するには、コマンドラインで、
alias rm rm -i
と入れてやればいい。
但し、それを入力したシェルだけでしか
alias 設定が活きてない
(毎回やるのか?)
シェルを起動するたびに入力するのは面倒なので、
普通はシェルが起動する時に
自動実行するスクリプト
の中に記述する
というか、
最初から alias が設定されている環境では、
あらかじめ
そのスクリプトに記述されている
・・・と、相も変わらず
前置きが長くなった。
それでは、
「本当に、絶対やってはいけない」とは?
rm -rf /*
ん?、?
前のと似てるが、
チョット違う
-r の後ろにある f
rm コマンドの -f オプション
コレこそ破壊力抜群
問答無用の「強制実行オプション」だ!
-f オプションが付けられると
-i オプションは姿を消す・・・
そう、
何も言わず
有無を言わさず、黙々と
ひたすらファイルを削除し続ける
これぞ、
恐怖の必殺コマンド
なので、
分かってヤル以外は、
滅多に -f をつけないのが普通
もしこれを root 権限でやったら
ファイルシステムのファイルが
文字通り、跡形もなくなる
だ・か・ら、
本当に、絶対やってはいけません
大いなる勘違い
どのようなところにも、
勘違いの要素はたくさんあります。
何気ない微笑み。
それは、時に相手のハートに刺さる場合も。。。
微笑んだ本人はそんな気がなくても
勘違いは、一旦、勘違いが始まると、
とんでもない方向へ
妄想が妄想を呼び
すっかりその気になってしまうこともあります。
そうなると、
その勘違いを修正するには、
その後の反応が全くそうではないことに気づくか、
そうじゃない決定的な証拠を突き付けられるか、
或いは、確かめてみて初めて否定され気づくか
つまり、
自己修復が困難なシロモノだということです。
しかしながら、
勘違いと分かっていても、
ひょっとして とか
何かの拍子に とか
まかり間違って とか
万が一 とか
期待する気持ちを塞ぐのは、
少なからず抵抗感があります。
というか、
もしかしたら とか
実は とか
結構。。。 とか
逆に期待を膨らませるほうが、
心理的負担は減る傾向にあると思います。
そうは言っても、
勘違いは、所詮、勘違いでしかない。
「棚から牡丹餅」的な幸運は、
そうそうあるもんじゃない。
それに囚われすぎると、
結局は、最後に一番辛い思いをする。
だからと言って、最初から諦めるのは、
人として生きている意味を疑いたくなる。
逆に、勘違いから始まることも、
「その気になってしまった」人が、
成功した例も多々ある。
しかし、勘違いで成功した人は、
結果的に見てみると、それこそ
人生を賭けるほどの「大いなる勘違い」
ができた人だったりする。
つまり、
生半可な勘違いでは、
結局大した結果は生まれない。
と言うことだろう。
どうせ勘違いするなら、
徹底的にソレを信じて、
初志貫徹する意気込みがあって、
それを維持、継続する根気があって、
成し遂げるまで諦めない粘り強さ、
そして、完遂するまで手を抜かない体力と気力が必要だ。
もし、それほどの気概もないなら、
生半可な夢にすがることなく、
結果を求めることは諦めた方がいい。
それでも、
勘違いと分かっているなら、
結果を求めるものでもなく、
或いは、
どんな結果だろうと気に病まない、
と言う心構えがあれば、
或いは、
結果は気にせず、
と言う確信があれば、
趣くままに、
妄想に身を委ねるのもいい
それでも、
妄想なら、
どんな結果でも受け入れる
そういう心構えが身を救うだろう。
妄想は自由だ
どんな妄想も、
いかなる想像力も、
人に与えられた自由だから
要は、
空想と現実が区別できるか
その区別さえちゃんとしていれば、
身を滅ぼすことはないだろう
それより、
空想や、想像や、妄想は、
新しい何かを発見するのに非常に役立つ
現実でない何かに思いを馳せるのは、
或いは、
未然のことに思いを馳せるのは、
恐らく、人間にしかできないだろう。
普通の動物は、
現実 → 認知 → 行動
だが、人はその他に、
未然(未来) → 空想(想像、予測、etc.) → 行動
と言う能力がある
これは、
現実を処理する以上の能力がある証拠だ
何かとこの世は、
世知辛い
目を覆いたくなるような現実が多いのも事実
或いは、なかなか思い通りに行かない現実が立ち塞がる
そんな中で、身を守るのは、
あるいは、心身のバランスを保つのは、
妄想力
かも知れない。
勘違いから始まる恋もある
世の中何が起こるかわからない
妄想で遊べるようになれば、
大抵の事は、
気にならなくなるだろう
妄想力が、
暮らしが複雑になればなるほど、
生きる糧になるかも知れない
そして、
妄想で遊ぶのは、
自由だv~、~!
盆休み特別スペシャル
普段から最低1冊は文庫本を持ち歩く
仕事でもプライベートでも大体持っている
(どうして?)
ちょっとした待ち時間、例えば、
・電車の中(出張やお出かけ)
・病院などの待合室
・ショップの行列(朝10時までに並べば「20%OFFサービス券」がもれなく貰える)
・居酒屋(同僚が来るまで独りで待つとき)
・映画館の待合室
などなど、あらゆる所で時間を無駄にしない。
と言うと格好いいが、要するに「手持ち豚さん(ぶたさ!)」が嫌だから。
特に混み合った待合室などでは、Human watching も程々にしておかないと、
色んなもの(ひと)が気になることがあるでしょ?
隣のお兄さんの鼻から出てる鼻毛が、揺らいでいるのが気になったり
綺麗なお姉さんのスタイルに惚れ惚れしたり
女子高生の生足に萌えたり
(おいこら!妄想はその辺にしておけ!)
とまぁ、挙動不審を演じても面白くないし、
なんと言っても
「いつまで待たされるか分からない状況で待ち続ける」
というのが一番もったいない気がする。
(要するに、せっかちなだけじゃないの? てか、前置きが長いよ!)
そうだ、また「おせっかいオヤジ」が出てくる前に
とっとと進めてしまおう。
この所、仕事が盛況で半年以上慌しい状態が続いてて、
先月だったか、立ち寄った駅前の本屋で、
「な~んか、気の休まる本ないかな~、~」
と思いつつブラブラしてたところ、
「ファンタジーコーナー」というのが目に飛び込んできた。
普段ならあまり気にしないところだが、
その辺の本を見てみると、以外に読めそうなものが。
仁木英之著「僕僕先生」だ。
既に「僕僕先生シリーズ」と呼ばれ、
文庫で3冊、ハードカバーではもう少し出ている。
内容は書けないが、ぐうたらな青年と仙人の物語。
(どこがファンタジーなんだ!?)
この仙人こそ、恐らく著者のファンタジー感、
というか、少し浮世離れしたところ、
あるいは「妄想」・・・
(それは、おまえだけだろ!)
もとい、
この仙人こそ、このシリーズを「ファンタジー」に染め上げた。
(だから、なんでだよ!)
天地創造の太古から生き続ける「仙人」、それがなんと、
可愛い女の子の成りをしているわけだ。(作品中では「少女」)
一方、ぐうたらな青年の方はというと、
ある日ある事がキッカケで、その仙人の弟子になる。
そして、そこから繰り広げられる・・・
(え?なに、ナニ?)
ゴメン、これ以上は実際に読んだ方がいいと思う。
(えーーーーっ! うっそー! なんか気になるぅ~!)
そういえば、
(そういえぶぁっ!)
最近、歳の差婚が増えたり、えらく年上の男が好みな女子が増えてるそうな。
(ソレが何か?)
まぁ、特に関係ないかも!
(ズコッ! すべったじゃないか!)
兎にも角にも、時間さえあれば、一気読み必至。
疲れた心、というか荒(すさ)みそうな心を癒してくれる。
(アロマちょめちょめ、の仲間かぁ~?)
と言うか、疲れた頭に「刺激的な非現実感」が漂う。
気づいた時には「もう遅い」
麻薬、というより、媚薬、的なシリーズだ。
(ん? て言うことは「麻薬」も「媚薬」も知ってるってこと!?)
えっ@@;(どっちも知らなかった^^;)
(だ・か・らぁ、どうなのよ!)
それは、もののタトエってヤツで、
知ってるとか知らないとか、そういう次元のコトじゃないんだよ!
(へぇ~、ムキになってやがんの~ぉ!)
特に、妄想が得意な人・・・ガヨンダラ・・・ハマルコトヒッシ
(そっかソッカ! あんた、モ・ウ・ソ・ウ、得意だモンねぇ~、~ ウキャ!)
チョッと! 黙っててくんねーかなぁー!
(なによソレ! アタシが邪魔だって言うのぉっ!?)
だ・か・ら、そぉーじゃなくて!
(ジャナクテ! ナンナノヨぉ! ぶぁくゎぁ!)
・・・ツッ、ツッ、ツッ、・・・
・・・ピーーーー、ガーーーーー、・・・ピョンピョンピョン、・・・
・・・フギャー、ゴギャー、!”#$%&’()=~・・・
・・・フギャコパッ!&%#・・・
「えぇ~、~ 番組の途中ですが、通信回線が具合悪い様です。
ちなみに、先ほどの続きは、俗に『犬も食わない』ナントカですので、
ここで一旦、CMをはさませて頂きますぅ~」
(なによ! 勝手にCMになんてさせないわよぉ!)
「はぁっ!??? 何処から沸いてきたんでしょうか?」
(は~あああぁっ! ナンナノヨその言い方はぁ!)
・・・シュパビボッ!!”%&’・・・・
(それにねぇっ! ナントカは「犬も食わないっ!」でしょ!)
「・・・」
あれぇ? ちょっと! 今の、チョットおかしかったみたいだけど、
大丈夫ですかぁ~?
「えぇー、もう大丈夫ですよぉ~!」
もとい、
だからね!妄想力があればあるほど、この物語は面白くなる。
(チョットあんたぁ! そんなのん気なこと言ってる場合じゃないわよ!)
んッ? ナンで復活してんだぁ~!?
(いいじゃない! そんなことぉ~!)
・、・
とまぁ、こんな感じ・・・とはチト違うかも。
も少しお嬢さんの方が上品というか、ガラが悪くないというか・・・
そもそも、もう少しオトナな感じだなぁ、少女なのに!
(あんたねぇ~~、いいと思ってんのぉ~っ!?)
・・・、これ以上怒らせると、ホントに刃物が飛んできそうだ。
なるほど、そういうことか!
そういう、痛さ、痒さ、痛痒い、甘酸っぱい。
そして、どこかホッとする。
(ねぇ~えぇ~っ! ア・タ・シもぉ、ホッとするぅ~っ!?)
・・・
(ねーってばぁ! 聞いてんのぉ~?)
そう、幸せな気分になれる。
(えっ? ホントぉ~っ)
あぁ、きっと。
(・・・)
いまどきのブラウザでスピード対決 (on Windows)
ひと昔前はほとんどIEだったが
イマドキは色んなブラウザが出回っている
そこで!
スピード対決をやってみることにした。
と言うと大袈裟だが、
単純に、Yahoo!Japan のトップページが表示されるまでの体感時間
で対決してみたい。
本日登場する選手(ブラウザ)は次の7種
・Internet explorer 8
・Safari
・Fire Fox
・Chrome
・Sleipnir
・Opera
・Lunascape
あくまでも「体感時間」という個人的主観なため、
厳密さはあまり無く、ほんまでっか?という感覚で見て欲しい。
と言うことで、本日の競技は、
千葉県内の「自作PC」スタジアム???
から、実況生中継・・・なワケないか^^;
さて、ではまず、フィールドトラックを紹介します。
CPU:Pentium 4 3.00GHz
メモリ:2GB
OS:Windows XP(sp3)
グラフィック:on board
HDD:Seagate(ST31000524AS)1GB/7,200rpm
ディスクを除いて、今時のPCとしてはスペックは貧相だが、
だからこそスピードの差が出やすく、
対決には持って来いのフィールドだ^^
では、早速、コースについてもらおう
第1コース:(おなじみの)Internet Explorer 8
第2コース:(Mac育ちの)Safari
第3コース:(狐マークの)Fire Fox
第4コース:(検索エンジン生まれ)Chrome
第5コース:(元祖タブの)Sleipnir
第6コース:(Oマークの)Opera
第7コース:(Gecko生まれの)Lunascape
では、ヨーイ、ドン!
って言ったらスタートしてね♪
と、ずっコケさせようと思ったが、
よくよく考えてみるとパソコンで
「各者一斉にスタート!」ってのはどうもやりにくい。
そうそう、条件を合わせておかないと対決にならないので、
予め控え室の方で、初期表示ページとして
「Yahoo!ホームページ」を覚えてもらった。
そして、ひとりずつフィールドに出てもらい、
トラックを2周して、
2周目のスタートからゴールまでの速さを測ることにした。
(あれ!? こんな所で「おせっかいオヤジ」が現れたぞ!)
「お~い、兄ちゃーん!
面白そーなことやってんじぇねぇかよーー!
ってかよぉ、今の説明じゃどうすんのか良く分かんなかったぜぇ!
もっと普通に説明してくれよぉ~」
(こりゃまた、面倒くさいことになりそうだから、素直にしておこうっと@@;)
え~、~っと、要するにね!
ブラウザを起動してページ表示が終わったら、一旦閉じて、
もう1回起動する所から測るってことですよ!
「おぅ! 何でまたそんなメンドーなコトするんだよ!
1回ずつ順に起動してやりゃぁイイじゃんかよぉー
ったくぅ、いちいち面倒なヤツだなぁ~」
(ん~、~; 長くなりそうだからさっさと結論へいっちゃおう!)
1位:Chrome
2位:Safari
3-4位:Opera、Fire Fox (同着)
5位:Sleipnir
6-7位:Internet Explorer、、Lunascape (同着)
ここで、一応、講評を入れておくと、
やはり simple is the best!!
Chrome は安定して速い。
続く Safari は洗練された速さを感じる。
Opera と Fire Fox は、プラグイン関係が足を引っ張るのか、ちょっともたつく。
Sleipnir は、ちょっと問題児かも。
初期ページの他に「スタートページ」がおまけで表示される。
設定で除外できるのかも知れないが、???な機能だ。
それより、インストールして驚いたのは、
勝手に「標準のブラウザ」に「成りすまし」てるところ。
コレじゃ、おせっかいオヤジでなくとも、ムッとする。
そして、
Internet Explorer と 新顔の Lunascape は「どこか引っかかったぁ~!?」
と言う感じで、先頭集団からはるかに遅れをとり、
恐らく一緒に走ったら「周回遅れ(×2)」は必至だろう。
Lunascape の方は、レンダリングエンジンを3つも搭載してる。
今回は Gecko エンジンで臨んでもらったが、
Trident エンジン(IEも使ってる)よりは速かったはずだ。
また、ゴージャスな機能がテンコ盛りの様で、
かなりマニアックなブラウザだと思う。
チューニング的なことも出来ちゃうのかも知れないが、
普通の人はそんな事しないので、ちょっと敷居が高い感じ。
個人的には、最近は Chrome を好んで使っている。
理由は簡単で、起動が早く表示も速いから。
今日の実況・・・
(じゃない!ってば!)
もとい、今日の結果は、それを裏付ける結果となった。
それでは今日はこの辺で、実況担当は「Oh!トラ物語」・・・
(をいをい! まだやるか?)
え~、~; では、また来週!
(へqpへ? 続きモノかよ!)
ん~~; ホントは Mac 上でも対決しようと思ったんだけど・・・
(思ったんだけどぉ!?)
今日で盆休みも終わりで、明日からまた仕事だし
(んなこたぁ、関係ねーだろが!)
ぁいゃまぁ、そうなんだけど、
(けどぉ~っ!)
だからさ、ここでグズグズしてて、
またあのおせっかいオヤジでも出てきてた日にゃぁ~も~
(おお~っ、そういうコトかよ! んなら早く言えばいいのに)
でしょ?
(ま、いっか。じゃよろしくな!)
おっ、意外とあっさり引くんだ。てか、約束はできないけどね。
(あーあー、ー 分かったよ! アレが出てくると長ゲーからな! あばよ!)
お疲れ様でした~、~v
今宵もほげほげ
お盆休みも終盤
一週間の休みもあっという間に過ぎようとしている。
昨日までの猛暑が一段落して
あぁ、やっぱり「彼岸まで」という事なのか
つい先日まで
昼夜を問わず鳴き続けた蝉も
今宵はすっかりナリを潜めている
zzzzzz......