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雨と夢のあとに

演劇やライブの参加記録です。
ブログネタもたまに。

今となっては「くだらない」と思うような事。

自分にもこんな時期があったな。
当時は一生懸命だったな。
理由は、今となっては判らないけど。

で、後になって思い返してみれば、
ただの迷惑なヤツ
なんだよな。
これは、後になってみなきゃ身に沁みない事だから口には出さないけどね。

とりあえず、周りからしたら「めんどくせ」「くだんね」って事なんだよ。


人間て、複十数年間生きたって、解らない事は解らないんだよ。
『三つ子の魂百まで』と言います。
これはあながちバカにしたもんじゃない。
3歳までに付いてしまった習慣は大人になってもなかなか抜けてくれない。

3歳までひとりっ子として、御身大事に可愛い可愛いで育てられた人が、大きくなってから弟妹が出来た場合はどうだろう?
アタマで解るし、弟妹も可愛いから面倒を見る。喧嘩をすれば知恵が上をいく自分が間違いなく勝てる。
とは言え、「お兄ちゃん(お姉ちゃん)なのだから我慢しなさい」と言われれば、我慢出来るのかな?


今回、まさにこのパターン。
十年以上付き合いのある人。
アタマの切替えも早いから、周りからの信用も厚い。尊敬出来る部分もある。

しかし、我慢が限界線を越えると途端にワガママ言い放題になった。正直理屈が通っていないし、周りが見えていない。
我が道を行く末っ子の私は「人は人 自分は自分」と切替えるけど、何故第一子のこの人がこんな事も出来ないのか? 
「こういう考え方もあるんだな」と極力 事を荒立てないようにしてるけれど…。

そしてフト気付いた。
この人、弟妹とは随分年齢が離れていたはず。
3歳までは確実にひとりっ子として育てられた、まさに『三つ子の魂百まで』だ。
そして私も納得した。

思い返してみれば、関わってきた十年以上の間でワガママを言う事も多々あったな。私も限界になって、この人に微笑む事さえ止めた時もあった。

こんな事、この人に言ったら怒るかもしれないが、結局末っ子の私も第一子のこの人も、一見違っても似た者同士なんだな。

何の理由だったか忘れたけど、
中2~中3の私は毎日幼馴染みと喧嘩してた。
でも同じ部活だったし、帰りは暗かったし、どうしたって一緒に帰らなきゃならなくて。
お互いなんかモメながら毎日歩いてた。

私は私なりに「翌日まで引きずっちゃういけない」と思ってて、翌日には笑顔で幼馴染みに挨拶して、私なりに場を壊さない努力をしてた。

けれど、幼馴染みには嫌だったらしく「貴女は一晩寝ると忘れちゃうんだね」「ついていけない」と言い放たれた。

あの頃、私なりに頑張ってて、部活を離れた途端に毎日私が泣いてた事なんて、幼馴染みは知らない。
だから仕方ないけど、正直、能天気扱いされた事に、怒りとかじゃなくて、人間てこんなもんなのかって諦めの気持ちが大きかった。

私はあの頃から人付き合いが苦手なんだと思う。

解ってるけど、まだ私のトラウマは消えない。
そして、常に人を傷付けてしまったんじゃないかと怯えてる。