来た道を振り返ることが辛くなってきた


10年前の自分が、今の自分を見たらどう思うだろう



誇りに思うだろうか


失望するだろうか



そんなことも分からなくなっていることにはがっかりするだろう



だからか、


来た道を振り返ることが辛くなってきたのは



昔からそんなに楽しいことが多かったとは思わないが


それでも最近は楽しいことが少なくなってきた



10年後はどうなっているだろう


10年後があるのかどうかは分からないが



それでも死ぬ時には良き人生と実感したいものだ



望んでもないけどせっかく生まれてきたんだから


死ぬ時くらい納得しないと割に合わない




割に合わない事ばっかりだ、ちくしょう・・・







消えてなくなりたい

消えてなくなりたい、って思うことが最近ある


そーいえばむかしはいつ死んだって別にいいや~って思ってた…
それがここ数年は、死ぬことがすごく怖いと感じていた



死ぬって言うのはいったいどういうことなのだろうと繰り返し考えることもあった


死ぬと何も分からなくなるのだろうか

テレビのスイッチを切るように

今まで目に映っていた映像がぱっと消えて、何にもなかったかのようにただ静寂と暗闇の中に…
いや、それすらわからない、ただの無になるのだろうか

無と言うことにすら気づくことができなくなるのだろうか…


永眠というが、眠ることは、自分からすれば、起きることがあってはじめて成り立つ行為であって、永遠に目を覚まさなければ、それまであった人生すら何も分からない

そう、本当に最初から何もなかったように…


生まれてから何十年もの間に経験した喜びや悲しみも、怒りや愛おしさも、それらの記憶も何もかも最初からなかったかのように、なにも感じなくなるのだろうか…


もし死後の世界があるならば、経験したすべての記憶を失わずに、つまり別の形であれ目覚めるということができるから、無という死の心配や不安からは解き放たれるかもしれないけど、とても生きている今そんな世界があるなんて落胆的な考えをする気にはなれない。



そんなことを考えていたから、死ぬと言うことが本当に怖く感じていた

何にもない状態になることが
その先を知ることができなくなることが
やっと感じることができるようになってきた、生きると言うことの実感を失うことが
本当に怖く感じていた…



それが、今は、消えてなくなりたいなんて気持ちになっている…



ただ何もなかったことになることに、何も感じなくなりかけている…



きっとこんなことを言えば鬱病なんて言われるんだろうけど
そんな診断名に俺の何がわかるんだって思えてくる


治したいという気持ちすら起こらない


治ることが良いことだとすら思えない




ただただ


消えてなくなりたい…


今からいつものように暖かいベッドの上で眠り
そのまま目を覚まさなければ
僕という存在は僕の中から完全に消え去る


それも悪くない


それも悪くないんだよ…





























二種類の人間がいると思う。牢獄を脱獄した時、自由になったと感じる奴と、追われ続けることを考えれば自由などどこにもないと感じる奴だ。では後者の人間はなぜ脱獄したのか?それは牢獄に耐えられなかった、もしくは刑期を終えるまでに何かやることがあったからだろう。もし僕がなるとすれば間違いなく後者だ。今の生活以外の所で生きていく自信は僕にはない。もし、僕が何らかの犯罪によって牢獄に収容されたらどうだろう?脱獄を望むだろうか?それとも刑期を待つだろうか?もちろんそんなこと今の僕には分からない。牢獄では毎日泣いて過ごすだろう。かといって脱獄のプレッシャーに耐えられるほどの度胸など微塵も持っちゃいねー。図書館でうるせー中学生にも注意できねー男だからね。結局僕に望まれることは、一切の法律に触れることなく生きていく必要性だ。たとえ、些細な事故も起こすのもごめんだ。それによって見ず知らずの相手やお巡りと会話することさえ僕には苦痛だからだ。僕にとっての平和とは、一生今の対人世界で生きていくことだ。しかし、そんなことは不可能。つまり僕にとってこの世界をまともに生きていくためには、平和なんて望めないってことだ。
だから苦しい。
だから楽しい。
いつだって自由の中で生きられない僕は、牢獄の囚人と同じなのかもしれない…

うん



あの、ホント誰か助けて下さい