今日で6月が終わります。
今年の6月30日は、あす7月1日のことに触れなくてはならなくなりました。
あすにも閣議決定される可能性のある「集団的自衛権」です。
「集団的自衛権」と言葉で表せば、その本質は見えにくいですが、これは「命」の問題です。
あなたの「命」、あなたのこどもの「命」、自衛官のみなさんの「命」の問題です。
「命」の問題とは、あなたが「殺す殺される」、あなたのこどもが「殺す殺される」、自衛官のみなさんが「殺す殺される」という問題です。
その実感がなく、言葉だけで議論が進展しているのです。
閣議決定されれば、今の与党多数の国会の状況からすれば、関連法が改正されていきます。
本当に「集団的自衛権」を閣議決定するのであれば、その前に「日本国民の徴兵制」の実施を論議するべきです。
もちろん、実際にはどちらも進めるべきでないと強く思っています。
私が言いたいのは、「命」に関わることを人ごとではなくて、日本人ひとりひとりの問題にしないといけないという意味です。
私たちがひとりひとりが、「集団的自衛権」の行使になれば、「命」をかけて派兵されることとして論議しなければいけないということです。
20世紀に2回の世界大戦とその後の冷戦、核開発競争を経て、その反省と検証から世界は核軍縮、軍事力によるパワーバランス、抑止力ではなく、世界全体としては話し合いと経済の連携による協調の時代へと努力の方向を変えています。
その努力の流れに、なぜ逆行するような武力行使の拡大を準備するのでしょうか。
平和は、武力行使では守れないことを歴史から想像を絶する数多くの尊い命を失ったことで学んだ日本人が、なぜ平和を武力行使の拡大という方法で確保しようと準備するのか。
この私が表現した「想像を絶する数多くの尊い命を失ったこと」というのも、実際に何がどれだけの人に起きたかを具体的に表すには余りにも綺麗ごと過ぎる言葉の並べです。
当時該当する年齢で生きていれば、あなたもあなたの親、こども、愛する人が、拒否できない異常な日本社会の中で、人を殺し殺されていったのですよ。
戦争という行為と戦地という場所で、武装した人間の集団が互いに武器兵器をもって殺し合うのですよ。
今、あなたが居るその場所に想像してみてください。
鉄砲の弾が体に打ち込まれる衝撃と激しい痛み、流れる血、砲弾でバラバラに飛び散る人の肉片、火薬類で焼け爛れた皮膚、焦げる体の臭い。
狂ったように泣き叫ぶ声。
どこまで、言葉で表現しても表しきれないでしょう。
あなたの目の前に、その戦場を想像してください。
あなたのこどもを抱きかかえて、その戦場に立ってみてください。
この野蛮な武力行使という方法を個別的自衛権だけでなく集団的自衛権まで拡大して、平和を確保できると幻想をいだいているのです。
彼らは、権力ある立場にあって、自分の心の中にできた“不安”に負けているだけの弱い人間の集まりになっています。
それを責任ある立場だからと、日本国民の命と財産を守る方法だと、自らの心の中の“不安”に支配されて、勘違いし、極めて重要な判断を誤っているのです。
彼らの理論で、手続きを踏んでいるからと勘違いの自信と正当性を抱いています。
いくら手続きの正当性を抱いても、根本の考え方が間違っているのだから、すべてに正当性はないのです。
その間違いとは、平和を、上記で表した以上の悲惨な武力行使という方法で守れると勘違いしていることです。
日本人の平和を守るなら、世界の関係する各国の平和を守らなければならないことが、心の中の“不安”のために見えなくなっているのです。
関係する国が、同じように勘違いしているのであれば、その勘違いをあらゆる方法をもってして、解いていかなければ平和はないのです。
今、必要なのは武力による「集団的自衛権」ではなく、話し合い、違いの認め合い、連携、協調による「個別的平和交渉」「集団的平和交渉」です。
それでも、まず第一に最前線に立たされる22万人以上の自衛官の親族の方々ですら、大きな問題として声が上がっていない、上げれない、運動になっていないこと自体が、この日本という国の構造的な問題であり、物言えない国民性をもっていることです。
武力行使の方法を拡大すれば、それを止めることは極めて困難な国、国民だということを理解しないといけません。
武力行使の方法を拡大すれば、それを止めることは極めて困難な国、国民だということを理解しないといけません。
一部でデモ行進や反対の集会が起きているが、止めることが極めて困難な国であるという危機感が必要です。
次の選挙までに準備ができるかどうかも可能性が低いことが危険なことです。
平和を掲げる公明党ですら、与党という立場の中で譲歩は引き出したが、「集団的自衛権」の閣議決定を容認してしまう。
組織の中でその存在を優先してしまう人間の権力欲の現実を見せられています。
次の選挙までに準備ができるかどうかも可能性が低いことが危険なことです。
平和を掲げる公明党ですら、与党という立場の中で譲歩は引き出したが、「集団的自衛権」の閣議決定を容認してしまう。
組織の中でその存在を優先してしまう人間の権力欲の現実を見せられています。
平和を守るのは、武力行使拡大ではないです。
心の中の“不安”に恐れないでください。
日本の平和を維持するためには、関係国の平和も求めてください。
武力と憎しみからは何も生まれません。
一旦、殺し合いが起きてしまったら、私を含め人間は相手を簡単には許せません。
「やられたらやりかえせ!」と単純に叫びます。
だからこそ、ルールで出来ないようにしておくことが重要なのです。
平和的解決、平和科学の追及と実践が必要なのです。
安倍さんを止めれないことは、こどもたちに取り返しのつかない過ちを犯すことです。
みなさん、賛同していただけるなら、ぜひシェアしてください。
今の私にはこれくらいのことしかできないです。
正しい力をもっと身につける努力をしたいです。
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12:00~22:00営業 水木定休日

