コロナ渦の時代だからこそ改めて問いたい、日本国憲法の大切さを。コロナ渦の時代になり本当の意味での護憲派と改憲派の概念は変わってしまった。
基本的人権という概念を視点にするとネトウヨ層などはもはや改憲派とは言えない、護憲派に近くなった。彼らに自覚が無いだけだ。言い換えれば若者として差別されネトウヨ化するしかなかった一部の若者は改憲を望む必要性は無いのだ。主流の護憲派が人権を守らない事実が本当の原因だ。
日本の中では沖縄県はコロナ対策において政治的に最も非人道的ではるあが、人々の中身を注意深く観察すると露骨に中国寄りになりながら、コロナ感染に怯えるほど健康管理を怠った傲慢な人はほぼ見かけない。
行動としては中国寄りで人権や経済を軽視したがる人は少なくないが、後ろめたさを感じる良心の叱責は普通に見られる。沖縄特有の全体主義に甘える事が常態化しているだけとも言える。
そういう意味では逆に本土の方が危ない面もあるんだよな。積極的に中国の人権侵害を賛美するナチス的な左翼が本土には異様に多い。しかし、沖縄より本土の方が人権意識が進んでいるのは、そういう危険な極左志向を阻止する抑止力もまた強いからで、民主主義が強固だからこそ出来るのである。敵も強い分抗う庶民もとても強いのである。
沖縄は庶民の民主主義への意識が低いだけなのが本質的な問題とみている。民主主義の意識があまり高く無くてもやっていけたような状態にはそれなりの自制心が政治にあったからだが、それを壊したのが辺野古問題という事になる。辺野古問題を引き起こした官僚の罪が果てしなく重い理由がここにある。
今まで何度も書いてきたとおり、私は基本的人権寄りの護憲派です。だから9条は最初から重視していない。それと日本の核兵器廃絶の意識の高さは実は憲法そのものには直接書かれてはいない、でも歴史が歴史だから、私も核兵器だけは慎重派ではある。無闇に使いたいとは思っていない。でも今後の情勢次第では覚悟を決めるべき日は来るかもしれない。
それでも長い間私は9条原理主義者とも不満はあったけど合わせてきた。今のように対立したのは9条原理主義者が無能であると気づいたからだね。日本では以前の安倍政権、アメリカでは以前のトランプ政権、リベラルの信用が失われた結果による民主主義に突き付けられた重い課題、リベラル達はその課題を投げ出して現実逃避しているから匙を投げたんですよ。無能極まりないと判断した。
最も主流の護憲派やリベラルの奴らに嫌気がさした理由は更に本質的でもあり深刻な原因がある。それは「緊急事態宣言」を露骨に欲しがっている事だ。我が身可愛さから致死率の低い新型コロナ如きで日本国憲法を切り捨てる真似をした臆病者だからだ。その程度の覚悟で護憲派を名乗るとは軟弱にも程がある。
憲法と心中する覚悟すらないのに何が何でも平和憲法を守ると綺麗事を言っていたのだ。私よりも覚悟が無い癖によくもまあ白々しいものだな。本気で軽蔑に値すると思っている。
最近は中国でウイルスとの共存の声明を出して弾圧された医者の話も耳にしましたね。詳しく把握している訳じゃないけど全体主義が酷い中国だからこそ今でもこのような反発は当たり前だけどあるんだよ。
新型コロナ如きで全体主義を求めて平和憲法を売り渡す似非リベラルには分からないだろうけどね。こんなやつらが自民党政権を打倒するなんて愚かにもほどがあるよ。出来るわけ無いだろう、そのような意志の弱さでは。最初から勝ち目のない反権力である理由がコロナ渦のおかげでよくわかった。最低限ウイルスと共存できないと反権力は絶対に実現しないね。意志が弱すぎる。
日本国憲法は軽々しく戦時体制のような人権の制限を許さない平和憲法である。その現実を認識できない左翼やリベラルは全員偽物である。異論は一切許さない。これは絶対に譲れないのだよ、そういう意味では私はガチの護憲派である。人権を軽々しく軽視して9条だけ守り切るなんて暴論が国民の信任を得られるはずがない。無謀極まりないんだよ、戦争体験者を軽蔑する理由もここにある。戦争を阻止する気は無いんだよ、悪い意味で傷の舐めあいをしたいだけのヘタレだ。無能すぎるのさ。