また玄関の鍵を開けっ放しにしている。呼び鈴は壊れたまま。

恐る恐る中に入る。これは何度やっても内心ビビる。


また怒鳴られたらどうしよう

全身で全力で拒絶されたらどうしよう


私はいつも軽い恐怖に怯えながら豊の部屋へ行く。


リビングのドアを開けると、すぐ据えられたベッドの上で眠っている。

だらしなく腹を出して枕をずらして、目は半開き。

アザラシみたい。


そっと覗き込んでいる。


ぐーぐーぐー。


そっと背中に触れたら、こっちがビックリするほど大きな声で

「わーーーーーーー!!!ビックリしたびっくりしたあああ!!」とベッドの上で跳ね上がってる。

「起こしちゃったー。当直おつかれー。」

「うううううん・・・。うぅうぅ・・」

私を抱き寄せて、また深く眠りにおちてゆく。

狭い部屋の中。

山積みの医学書、マンガ、DVD、エロ本、PC・・・いろんなモノで溢れかえった部屋。

コンビニの袋、空のペットボトル、床には割り箸が落ちてる。

埃をかぶった医師免許状、よくわからないフィギュアの陳列、枯れてしまった観葉植物。

その片隅のベッドの上で眠る。

カーテンの隙間からは夏の午後のギラついた陽射し。

私は身じろぎもせず、息を殺して目を閉じる。

このまま夕方まで眠ろう。世界中誰にも邪魔されずに2人で眠ろう。


壁にだらしなく掛っている、おそらく昔使ってただろう聴診器の先が日光に反射して眩しい。

私は耳を澄ましている。

豊が深い寝息をたてている。

普段ほとんど不眠症の豊。

テーブルには常に睡眠薬が置いてある。

一人で寝るのが嫌いな豊。

やがてイビキが耳元で聞こえる。

そっと寝顔を見る。

目は半開き。

ちょっとマヌケ。


髪を撫でる。額に手をあててみる。かけっぱなしのメガネのフチの細かい柄をなぞるように見つめる。

頬に頬を合わせてみる。

ちょっと煙草と脂ギッシュなにおい。ヒゲでざらざら。

頬のホクロをつついてみる。


ぐーぐーぐー。


私たちは幸せだ。

薄暗くなるまでこのまま眠ろう。



その頃のこと。考えてたこと。


まー相場ちまちま張るくらいですから、お金増やしたいなっていうこともなんだけど、

日常には小さなストレスが沢山あった。


私は旦那の親と大変不仲だ。

田舎の限界集落みたいな村に住んでいて、旦那と結婚を決めた時にこう言って私の親を怒らせた。

「うちは田舎の農家だから、大学なんて出ていなくていいから、頭なんて悪くていいから、健康で気が利く嫁さんが欲しかったのに・・」

「知人のツテをたどって、お宅のお嬢さんのことを少し聞いたのですが、勉強ばかりしていて、裕福でいらっしゃって、鉛筆より重いものなんか持ったことないでしょう、そんな風に聞きました。腹に子供がいるから仕方ないけれど、大学も出たばっかりだし世間も知らないだろうから、うちがしつけてさしあげます」


披露宴の時、友達がみんな私を見て泣いてた。

かわいそうだって。


高砂から私も泣いていた。

こんなやつとセックスしなきゃ良かった。親の顔までちゃんと見てから付き合えばよかった。

何度も宴席から逃げ出そうと思う自分を堪えていた。

絶対いつかここから抜け出してやる。自分のやらかした失敗をこのままにしてたまるか。

いつか。

花嫁初日の決意だった。


旦那は地味で真面目な好青年で、あの親からは突然変異で生まれたような人。

金はいつも無い。神経質だから物事を大らかに渡れないけれどいい人。

子供達のよいパパ。

私たちは、悪くない、いい家族。


10年近くの時間をかけて、家も買ったし車も買った。

いくつかの習い事を子供にさせてあげられるくらいの生活が出来るようになった。

右も左も分からない必死の育児を経て、私もいくつかの仕事・・・

ファミレスの皿洗いから出直した。

今は自分の仕事も持っている。

「鉛筆より重いものを持ったことなんてない」私の10年弱の時間。

ほんとに全然悪くない。


小金を作って株を始めたのがLDショックのちょっと前。

実家の父が60万ほど貸してくれた。

FXは2007年の春。異常な円安相場。円を売ってればサルでも儲かると言われた頃。

FXブームのほんのちょっと前。


朝9時前にニュースチェック、9時から前場、昼を挟んで後場。時々為替。

株から数えたら、そんな暮らしが3年くらい続いてる。


そんな時時々考えてた。

ママ友達も仕事仲間もいるけど、大好きな株や為替の話をできる友達がほしいなぁ・・・。


ブロガーの人とのメールは、そういう贅沢な願望が叶えられたような気がして正直嬉しかった。

「日経逝ってるなー」とか、そんな感じのやりとりが楽しいと思ってた。




なんとなく短めのメールを交換するようになった。

こちらは主婦なので、まーオバハンかオトコオンナくらいの感覚でいてくださいって感じで自己紹介して。

年もこっちが上だし、とにかく「男女」って感じでメールやりとりすんのはマズかろうと思って。

その間、雑談中心なメールしながら、そのうち飲みましょうか!みたいな感じになった。

ブログの人は独身みたい。いいなあ独身の男となんて10年近く飲みに行ってないよー。゚(T^T)゚。

考えてみたら20代前半で結婚しちゃったから、楽しいOLライフとか異常に短くて20代後半、恋愛経験当たり前だけどゼロの人生。


あー。正直「飲み会」ってやつに久しぶりに出てみたい。

飲みに行くのは女同士ばかりでも構わないと思うけど、男の人と飲むってどんなだっけ。もう覚えてない。

しかもこんなオバサン相手じゃ、為替の話をするのもいやだろうね、本心は。

社交辞令にしとこう。そうしよう。


そんなことを思っていた。