天才のはなし
きょうは 河野通勢 の展覧会をみに 松涛美術館へいってきました
灼熱の住宅街をのぼせながら歩いていきました
緑の下をなるべく選んだのですが すごい暑さですね
前に テレビで紹介 された 河野通勢 さんの絵をみて
その迫力に圧倒されました
松涛美術館で開催されるとのことでしたので楽しみにしていました
やはり 初期の頃の 裾花川周辺を題材にした一連の風景画が心にひびきました
幼い頃から 家にあったデューラーやレンブラントの画集などの模写をしていたようです
展示されていた何枚もの大きなスケッチたちも 多くは風景画と自画像で
画集の絵にあった木々の様子が 裾花川周辺に似ていたことから
夢中になってのめりこんでいったそうです
お気に入りの場所を何枚も何枚も執拗に描いていたことから
天才特有のどこか欠落したところがありそうですが
彼の人生を 様々な展示物から察するに そうでもなかったようです
(ネットで調べたところ いくつか彼の複雑な生い立ちについて書かれていました。
他にもハリストス正教会の信者としての 周りからの視線など
彼が自画像も数多く書いていたことの何か手がかりを得たような気がしました)
若さゆえの激しい思い込み 遠い憧れ 環境(金銭面だけでなく人間関係なども)
そういったいくつかの条件が重なって満たされたときに
人の心を揺さぶる一枚ができるのかもしれないと
私は そう感じました
20代になると 裾花川から 岸田劉生のいる東京・代々木に場所を移します
スケッチの用紙も小さくなり 余白のバランスもとれて
随分と瀟洒な感じになりました
河野通勢 さんは その後3人のお子さんにも恵まれ
挿絵や装幀の仕事が中心になっていきます
しかし55歳で亡くなってしまいました
彼の死後 個展がひらかれたときに
武者小路実篤さんが 河野通勢について という文章を寄せています
その手書き原稿が展示されていましたが それが
河野通勢 さんの後世の評価を総括しているようでした
そして 彼の才能を惜しむ声が 彼の実績よりも 彼のほかにあったかもしれない
もう一つの人生に向けられているようで
それは あまりにも強烈な 初期の作品たちのその先であるような気がしました
そんなところに 巨匠と天才のちがいがあるのかな
なんて おもったりしました