在宅看護まで。 | 元気で暮らしてるよ。

元気で暮らしてるよ。

そこそこ元気。

2009年、彼の病気がわかって手術してから、





こんな日が来ないようにいつも願っていた。





趣味に没頭して、病気のことは忘れるようにつとめた。




残った膵臓に負担がかからないよう、動物性脂肪を極力減らして




玄米、野菜をたくさん食べるようにした。









手術後、6ヶ月ほどジェムザールを受け、そのあとは3ヶ月に1階の定期検診。










2011年の2月再発。




再度ジェムザールを始める。










3月に東日本大震災があって、落ち込んでいた私たちに喝が入った。





先のことを考えていても仕方がない。





今を生きようと思った。











夏には抗がん剤治療を受けながら、




今までの人生の中で、一番怖くて一番感動した体験をした。









抗がん剤がうまく効いていたから、奇跡を信じていた。
















2012年4月。ジェムザールが効かなくなり、TS-1を始めたとたん、




彼は突然食べられなくなった。




はじめはTS-1の副作用と思っていたけど、




癌による症状だと判明。




効かない抗がん剤の使用を中止することになった。




だんだんやせ細っていく彼に、焦った。





ここ癌治療はもうできないと言われる。












でも、、、


食べられるようにさえなれば、別の臨床試験を受けられるんじゃないかと期待して




彼は強く、腸のバイパス手術を希望した。


治療ができないまでも、食べられれば楽しみが残るからだ。




手術自体は成功。





でも胆道が閉鎖され、ドレナージ。




どんどん悪くなるばかり。





退院したものの、やはり食べられなくなり、再入院。


中心静脈ポートを埋め込み、高カロリー輸液を開始した。











もう、癌治療の手だてがないとわかったときにすでに






彼は家へ帰りたいと強く希望していたから












私も彼と最期のときを一緒に過ごしたいと思い、






在宅で看護するためにうちで仕事をするようにした。













会社の先輩、同僚。





取引先の方にも了承を得た。





家族、友人。





みんなの励ましがありがたかった。















病院の相談員さんから、



在宅介護への道筋を作ってもらった。



市、区役所の介護認定係の方も、かなりスピーディーに対応してくださった。







なるべく、ほかの人には入ってもらいたくないという彼。



気を使ってしまうし、お金をおかけてもらいたくないという。



そんな無茶な希望になるべくそうように、



訪問診療の先生、看護師の方にもなるべく。くる回数を減らしてもらい



できるだけ、私が対応できる形を作ってくれている。







みんなに頭が上がらない。






その分、私は負担とプレッシャーが大きいけれど、


できる限り、彼の無茶なオーダーに対応してみようと思う。





彼にできる最期のことはもう、あまり残っていないから。