この「小笠原旅」のブログは
基本的に1日にあったことを1回分として
①~⑤まで書き続けてきたんだけど
ここにきて⑥⑦⑧と3日分を
まとめて書いてしまうのは何故か?
実はこの3日間は
風邪をひいて寝込んでしまったのだーッ!(b´ω`d)♪
それで宿からほとんど出ずに過ごしたのだった・・・(TωT)
おがさわら丸が出港して多くの観光客が帰京して
静かな島の雰囲気を存分に味わおうとしてたのに・・・ネ(´д`lll)
・・・ということでこの3日間で撮った写真はほんの数枚
しかもすべて宿から数歩の距離内(笑)
それまで毎日50~100枚くらいは撮ってたのに・・・(^▽^;)
はい、そして上の夜の写真は
一週間前島に来て以来、初めてちゃんと雨が降ったところ
この冬から春の間、小笠原ではまともに雨が降らず
水不足に陥ってたんだ(´Д`;)
この時のこの雨も、この程度じゃ何の足しにもならなくて
僕が島にいた10日間だけで、島内のダムの総貯水量が
25%→23%を切るまでに下がっちゃった!
いやはや大変だなぁ・・・(υ´Д`)
(毎日400~500t を使ってて、観光客がいるときはさらに100t 増えるそうな)
雨上がりの青空
風邪でフラフラしながらも青空が見えて気持ち良かったんで
外に出て撮った1枚・・・・もちろん宿の前(笑)
寝込んで3日目、ようやくなんとか動けるようになったので
前浜でちょっとお散歩・・・そこで見つけた打ち上げられたレイ
これはティーの葉を編んで島を出る人へ贈られたレイで
先日のおが丸出港時にやり取りされたものの一つだろう
この島では貰ったレイを出港時に海に投げ入れると
またこの島に帰って来られるという言い伝えがあって
だから船から投げられたレイが浜に流れ着くことは
よくあることなんだ(^ε^)♪
僕も12年前に島を出るときに子供たちが編んだレイを貰って
出港する船から海に投げ入れたよ
そうして今回、この島に帰って来られたんだねヾ(@°▽°@)ノ
ということで手作りみやげ「パパの手」にも行ってみた・・・でも
体調思わしくなくて、すぐにおいとましちゃったよ(;´Д`)
「パパの手」は島の先生になる前の数年間
毎年春や夏の1~2か月間限定で
友人G君とともにバイトしてた職場なんだ
その頃はまだ西町のトロピカルイン・ガゼボという民宿の1Fを
借りて営業してたので(今のこの店は東町の自宅兼店舗なのさ)
僕的にはそちらの方が思い出深いな(≧▽≦)
そのときは幼児だった「パパの手」の二人の娘は
今や20代後半になって都内の職場でバリバリ働いてるそう・・・
いやはや、時間が経つってコワいねぇぇぇぇ( ゚∀゚; )タラー
とても立派になった島の診療所
2Fは有料老人ホームになってるらしい ェエェェエΣ(´д`ノ)ノェェエエエェ!
以前は平屋の素朴な造りだったのに・・・
島の診療所には
毎回毎回本当に、本当にお世話になっていますm(_ _ )m
初めて島に来た時の食中毒?事件にはじまり
サンダル履きで乗ったバイクでコケて右足の親指縫ったり
カヤックの最中に過呼吸になって漁船で運ばれたり
数え挙げたらきりがないくらい・・・当時一緒に島に来てた
友人G君からは、「先生またかよやめてくれよ」なんて
言われちゃうこと間違いなし!(*≧m≦*)ププッ
飛行艇で運ばれるような(※)
大きな怪我や病気がなかったのは幸いだったな~
うーん、良かった良かった( ゚∀゚ )ハァーハッハッ!!
※小笠原では、診療所では対応できない大怪我や深刻な病気の場合
海上自衛隊の救難飛行艇US-2が内地まで搬送してくれるのです v(。・ω・。)ィェィ♪