ムービルが閉館
横浜駅西口の映画館
ムービル(過去は相鉄ムービルとも横浜ムービルともいってた)が9月末に閉館とのニュース
それに合わせリバイバルや横浜にゆかりのある監督
作品を上映するという
今、隣りにいる人とムービルでプリティーウーマンを観た リストにないだろうなぁ
一覧を見た ない。残念
でも、納得なラインナップ
ヨコハマメリー
随分昔に夫と観た
有名な横浜の、女性の ドキュメンタリー映画
本物のメリーさんを見かけたのは
伊勢佐木町の有隣堂 私は高校生
教科書を有隣堂へ買いに行った時
(重たい教科は教室に置き教科書していた)
失礼ながら ヒィ〜ぃぃ となった
本気の変装おばあちゃんだと思った
一緒にいた友達は泣きそうになっていた
家に帰り母に話すと
当時、横浜三越で美容部員をしていた母は
ああ、メリーさんね
メリーさん昔はマックスのファンデーション使ってたのよ、今は資生堂の水白粉ね と教えてくれた
聖子ちゃんも最初はマックスで揃えたのよ
くらいの軽い感じで
母の良いところはカラッと事実のみを伝える事と
人を見かけや背景で差別しないこと
自分の主観を乗せて娘の思考や行動を潰したり奪う事もなかった 自分の所有物が如くいちいち
こうしなさい、こうやるのよ もない
それは娘を信じて尊重してるから
娘をもってそれに気づいた
………閑話休題
ヨコハマメリー
一人の女の人の半生 それに交差する人間模様
横浜の友人知人には沢山のエピソードを聞いた
嘘か本当か?どこまでが?
横浜を離れなかったのは唯一愛した将校を待っていたから。という話もあるけど、さて?
蝶々夫人ぽくて…その話はどうかな?
想い人を待つ幸せがあったのなら………
ここからはネタバレ
メリーさんを母のように慕い
メリーさんの晩年につかず離れず手を尽くした
シャンソン歌手の元次郎さん
終盤
横浜の街から故郷の老人ホームに移ったメリーさんに癌を患う元次郎さんが歌を届けに訪ねて行く
初めて見るメリーさんの素顔
一緒に見ていた夫が
あ、いた。
あの白塗りから想像できない
でも、周りのおばあちゃん達とは違う
穏やかな中にも芯の強い感じが見てとれた
白塗りは武装だったのかな?
マイ・ウェイを聴きながら歌詞に頷いてる横顔
こちらの胸がいっぱいになった
マイ・ウェイもこんなに良い曲なんだ、と思い
歌う元次郎さんの歩いてきた道も、壮絶
美化するつもりはないし
他の人生も選べたはず とも思う。
でも。
自分で選んだ道を誰のせいにするでもなく
自分で背負い生きてきた女の人の横顔と、歌詞の
いつも私のやり方で に涙腺が
穏やかな顔に良かったと思えた
そこなら寒くないしご飯も食べられる
パイプ椅子に腰を屈めて寝ずにすむじゃん
これは私の勝手な受け取りかた
本当の幸せや平穏は本人しか分からないから
映画は色々な人のインタビューが沢山出てくる
カタギと言われる人とは違う風情の人達
プライドの高いメリーさんを傷つけないようお節介するクリーニング屋の女主人 温度のある人たち
綺麗な観光地の横浜ではない
途中、みなとみらいの、あのキラキラ
遊園地と綺麗な夜景と
ピアノの軽やかな音と 青江三奈のブルースが被る
交互に今(20年前)と昔 光と翳
嫌いな人は嫌い、大嫌い?な世界かと思う
街に立つ女の人のドキュメンタリーいる?だろう
私は、あの時期に観て良かったな
娘を生んだ後だったから視点が変わった
何をしても生きる、何をしても守る
本物のメリーさんを見ていたのもあるかな
生きていく事は時に綺麗ごとではないよね
特に戦後を逞しく生きてきた人達は
インタビューを受けた周りの大人達のすごみ
普通の人も今よりずっと骨太だったと感じる
気になるかたは是非
気にかかるなら心に残ると思います
メリーさん 2度目は高島屋の横の出入口
花屋
のところ
その時もギョッとしたけれど
まさか、ずっーと後に
すぐそこのムービルで自分の映画が
なんて夢にも思わなかったでしょうね…
普段は使わないあの出入口だけど
たまたま前を通る時には思いだす時もある
メリーさん、ここにいた 真っ白だったな
思いがけず出合った ヨコハマヨルノヨ
この日がシーズン最終日 消灯21時ギリギリ
私達が光を満喫した直後 一瞬にして暗転 消えた
魔法がとけた12時のシンデレラのように
夜の海だけが残った
知らずに連れ出し、オンタイムで
いつもは通らないこの道を選んだ夫はやはり
もってる男 なんだろう
