私の精神疾患の始まりは、ストレスからくる吐き気でした。

 

原因は、当時高校生。

仲の良かった友達の一人からの一方的な依存関係です。

登下校も一緒、クラスも一年生から一緒。

一緒に居れば笑ってばかり。

私としては、いい関係が築けていると思っていました。

 

ですが、高校三年生の夏頃、突如その友達から異常に依存されるようになりました。

原因はわかりませんが、その友達が私と同じ大学に行きたいと突然言い出した辺りからだったと思います。

 

授業が終わり休憩時間になれば毎回私の席に来て甘えてきたり。

その子には勿論他にも仲の良い子は沢山いました。

授業の合間あいまに偶に来ることはあっても、毎回来るなんて事はそれまでありませんでした。

私も初めはあまり気にしていませんでしたが、

廊下を一緒に歩いていて、一年生の時の同級生から私が声を掛けられれば、その同級生を睨み付け無言で足早にその場を去って行ってしまったり、

普通に話している時に、私が他の友達の話題を出すと態度は急変。

怒りながら泣き出したりし始めました。

それから、授業中にひっきりなしにメールを送ってきたりと、その子の行動は段々とエスカレートしていきました。

その友達の異様な行動は、ただの友達への執着心、嫉妬心からくるものが大きかっただけだったのかもしれません。

それか、大学受験を控えたストレスをその子も抱えていて、吐き出す場所が他になかったか。

ただの私への当てつけ、嫌がらせか。

それともこれはただの私の憶測ですが、私に恋に似た好意を抱いていたか。

何通りでも憶測なら出てきますね。

それでも、今でもその原因はわかっていません。

今ではその子とも疎遠ですから。

 

なんにせよ、私にとってはそれが日々ストレスとなって積み重なっていき、気が付けばその子から逃げたい一心だったのでしょうか。

学校へ行くのが凄くすごく嫌になっていました。

それでも、他の友達は好きですし、本当は学校も行きたい。

気が付けば、その友達との登校時間をずらして登校するようになっていました。

それでも学校へ着けば、その子からの依存から逃れられる訳でもなく、毎日教室の扉を開けるのが怖くなっていました。

その時私はノイローゼ状態だったと思います。

 

そこから症状は悪化。

教室に入るのが怖過ぎて、扉の前までは行ったはいいものの、ついにその扉を開けることが出来なくなりました。

そして、私を襲った突然の吐き気。

怖さと苦しさで勝手に涙が出てくる始末で、トイレに一人駆け込み個室に籠もり、吐きました。

私は何がなんだかわからなくなり、一限目の始まりのチャイムが鳴るまでずっと一人トイレで泣いていました。

その時の事は今でも鮮明に覚えています。

胸の辺りがざわざわして、心臓がバクバクと音を立てて鳴っていて。

苦しくて苦しくて涙が止まらなかった。

 

それから、毎朝教室の前まで行くと胸の動悸と吐き気が私を襲いました。

保健室へ行く回数が一気に増えました。

心配して保健室に来てくれる友達の仲には勿論その友達もいました。

 

来ないで。

 

私は心配しなくて大丈夫だよ、という言葉を表に出しながら、そう心の中で拒絶の言葉を呟いていました。

 

保健室にいても、家に帰っても眠る時間までその友達からの一方的なメールばかり。

私は携帯の電源を入れることが出来なくなりました。

 

朝起きれば、まず私を襲ってくる吐き気。

学校を休む日も増えました。

行けても保健室で過ごす日々ばかりになりました。

ただ、学校に行けても不定期に襲ってくる吐き気。

保健室にいてもトイレに駆け込む事が増えた辺りだったと思います。

保健室の先生から話を聞かせてもらえないだろうかと言われました。

 

私は、全部上手く言葉には出来なかったと思います。

でも、静かに話を聞いてくれる先生の姿に、自然とそれまで堪えながら泣いていた涙腺を抑え込むストッパーが無くなったかの様に、ひたすら先生の前で泣き続けました。

そして、話を聞き終えた先生から

 

「それはストレスね。」

 

と言われ私は驚きました。

 

私はその時自分でもどうして自分がこんなに体調が悪いのか疑問でした。

友達のことで疲れている、という気持ちはありましたが、ストレスで吐き気や涙が襲ってくるとは思わなかったからです。

その時の私は、ストレス=イライラする。という考えしか頭になかったんです。

だから、先生の言葉には非常に驚きました。

 

更にです。

 

先生の知っている心療内科に行ってみてはどうか。

 

その言葉にはもっと驚きました。

 

私が心療内科?

何故?

心療内科とは心の病気の人が行くところでしょう?

 

そんな言葉たちが当時の私の目の前に浮かびました。

 

私の話を聞いて先生は心療内科に行くことを勧めた。

それ程、私は精神的に追い詰められている様に見えたのだと思います。

今思えば、私は既に精神的にかなり参っていましたし、現に心の内面だけではなく、表面の身体にも症状は出ていました。

今なら何故先生が私に心療内科を勧めたのか分かります。

ですが当時の私には訳が分かりませんでした。

 

その時更に、親御さんには自分からお話できる?という先生の言葉に私は凍り付きました。

私は友達の事で悩んでいることは一切親には話していませんでした。

学校を休むのも、元々持っている片頭痛が酷いからだと言い訳をしていました。

親に本当の事を言えなかったのは、今思えば私の自己満足です。

 

私は明るい子。

友達にも恵まれて、勉強も頑張って毎日楽しい学校生活。

 

そんな自分による自分自身の評価。

それをぶち壊したくなかったんです。

もし親に本当の事を話してしまったら私じゃなくなる。

そんな想いで頭がいっぱいになってしまったんです。

他の友達に相談出来なかった理由もそこから生まれたものだったと思います。

 

そんな私に先生は心療内科に行くことを強要はしませんでした。

ただ、高校三年の夏。

大学受験を待ち構えた学生にとっては、そう保健室で休んでいる時間がとても酷くマイナスの時間でした。

授業も休んでばかりでは出席日数がいずれ足りなくなってしまいます。

先生は、また嫌なことがあったり、悩んだりしたらいつでも保健室に来ていいのだからちょっとだけ頑張ってみないか、と私に教室に行ってみることを優しく促してくれました。

 

また嫌な想いをしても逃げ場所がある。

 

話を聞いてくれる人が、話せる相手がいる。

 

そう思うと私の気持ちは少し軽くなりました。

そして私は、再び自分の教室の前に立つ決意をしました。