レ・ミゼラブル(上) | 梅おにぎりの泡沫日記。

梅おにぎりの泡沫日記。

古典文学を読む介護職員。

レ・ミゼラブル。

前から気になっていた作品で、

今回、岩波少年文庫版を読みました。

60年以上も前の訳なので、

現在の言葉とはまた違った、古風な味が楽しめます。

しかも訳者が、芥川龍之介とともに生きた時代の人ときていますから、

文学オタクの端くれとしては、とっても勉強になります。

あらすじですが、

ジャン・ヴァルジャンという名の強盗が

監獄から釈放されて、というか社会に放り出されて

ナポレオン時代のフランスで生きていく様を描いています。

息をするかのごとく盗みを働き、

恩を仇で返した悪人ジャン・ヴァルジャン。

出所しておきながら懲りてないんかよーと思ったら

後々で改心と、大きな業績を作っていたことがわかります。

物語の途中から登場する、未亡人ファンティーヌも深刻な身の上の人物で、

ひとり娘のコゼットを飲食店兼宿屋に預けて稼ぎに行くのですが、

娘を預かるのに養育費を半年分前払いしろと要求する宿屋の主人。

支度金なんていうものも要求。何の支度やねん。

宿屋のかみさんもそれに便乗してるし、慈悲はないのかよって思いました。

コゼットの母親も母親で、娘を大事に預かってくれるなら

金銭でも高価な品物でもくれてやるって勢い。

そこまで必死な状況になってしまってるというね。

で、コゼットは典型的な『灰かぶりちゃん』ルートに。

表紙にもなってる挿し絵には、

ボロを着せられた幼女が大きな箒を持って玄関先を掃いていて、

雨の降ったあとなのか、

水を掃いているように見えるのは

きっと、コゼットが流した、または堪えた涙をあらわしているのでしょう。

物語にたびたび登場する通行券。

そんなに必要なものなの?ってぐらいに

しょっちゅう開示を求められるもので、

罪人は罪人のまま社会に放り出され、

刑期を終えて出てきても

通行券のためにどこへも行けず、

働けないし生活の拠点も持てない。

作中で気になったのが、

『はたして、、、』っていう言い回し。

現在では疑問形とか反語で使われるかな?

そんな感覚で慣れてたから、

『、、、であった』っていう断定表現に続いているのに正直違和感がありました。

時代ってやつですかね。

訳された当時は何の違和感もなかったってことかな。

ジャン・ヴァルジャンが大出世して

『灰かぶりちゃん』のコゼットを引き取るまでが

ほんとうに心痛かった(´;ω;`)

宿屋のおっさんおばはんが酷すぎて。

そのせいでコゼットは母親を亡くしてしまって。

子供の養育費を払うために母ファンティーヌが、

文字通り、身を切って稼いだお金は

結局、宿屋の借金返済に充てられただけだったという仕打ち。

作中、代名詞が多いから誰だっけってなって

ページ戻ったりしながら読みました。

ラストは、なんとかジャン・ヴァルジャンとコゼットの逃亡生活が落ち着いて

ひっそりとした、それでも心豊かな生活を送り始めたところ。

下巻も読まねば(使命感)