さやかに星はきらめき
御子イェス生まれ給う
長くも闇路(やみじ)をたどり
メシヤを待てる民に
新しき朝は来たり
さかえある日は昇る
いざ聞け 御使い歌う
妙なる天(あま)つ御歌を
めでたし 清し今宵(こよい)
諸人こぞりて 迎えまつれ
久しく待ちにし 主は来ませり
主は来ませり 主は、主は来ませり
ひいらぎかざろう ファラララ ラーラ ラララ
晴れ着に着かえて ファラララ ラーラ ラララ
カロルを歌おう ファーラ ラーラ ラララ
楽(しいこのとき ファラララ ラーラ ラララ
世の人忘るな クリスマスは
神の御子イエスの 人となりて
御救い給える 良き日なるを
喜びと慰めのおとずれ 今日ここに来りぬ
「あめには栄え み神にあれや、
つちにはやすき 人にあれや」と、
みつかいたちの たたうる歌を
ききてもろびと 共によろこび、
今ぞうまれし 君をたたえよ。
きよしこのよる 星はひかり、
すくいのみ子は まぶねの中に
ねむりたもう、いとやすく。
走れそりよ 風のように
雪の中を 軽く早く
笑い声を 雪にまけば
明るいひかりの 花になるよ
ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
鈴のリズムに ひかりの輪が舞う
ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
森に林に 響きながら
神の御子は今宵しも
ベツレヘムに生まれたもう。
いざや友よ、もろともに
いそぎゆきて 拝まずや。
いそぎゆきて 拝まずや。
皆様、メリークリスマス!今日はイエス・キリストの誕生を祝う日です。イエス・キリストは神様が全人類を救うためにこの地上に遣わされた方であり、その福音は世界中に伝わり、私たちに届いています。
今日、教会で「さやかに星はきらめき」とリロイ・アンダーソン作曲の「クリスマス・フェスティバル」というキャロルのメドレーを演奏しました。私は伴奏を担当しました。後者は元々オーケストラ用に作曲されたもので、このメドレーは聖歌隊でよく歌われています。私は編曲とパワーポイントのプレゼンテーションを担当し、皆でキャロルを歌い、主に栄光を捧げる楽しい時間を過ごしました。
今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
2025年を振り返ると、年初から世界中で政治的混乱が続いています。平和な関係の時代は終わったと言われていますが、私も周りの人もこれに巻き込まれ、人間関係が危うく壊れそうになってしまいました。気候変動も深刻化しています。猛暑は毎年記録を更新し続けています。今年は11月に遅ればせながら紅葉を楽しむことができ、ほっとしましたが、10月は全く紅葉が見られませんでした。さらに、冬なのに寒冷地を除けば雪ではなく雨の日が多いのも事実です。
今年は気候変動と政治的混乱によって、本当に多くのものを失いました。永遠に続くと思っていたものが、一瞬にして崩れ去り、消え去っていくのです。私は未来への不安を感じています。イエス様は、終末には愛が冷え、国は国に、王国は王国に敵対するだろうと言われました。今こそその時なのだろうかと、私は思います。
私を含め、多くの人がこの状況に心を痛めていると思います。気候変動と政治的危機によって私たちが失った大切なものに対する悲しみを、主はご存知です。イエス様は、これらの人々にとって光と希望となり、彼らを通して世界を照らすために来られたと信じています。この世のあらゆる権力に勝るイエス様は、最も低い所にまで来られました。弟子たちの足を洗い、最も卑しい者だけが受ける業を成し遂げ、最も凶悪な犯罪者のために用意された刑罰である十字架刑に処されました。
聖書は、国民が指導者に従うこと(ロマ13:1~5)を要求していますが、指導者はすべての人に仕えることも要求しています(マタ23:10~12)。良い指導者とは、イエス様のように、民の前に謙虚になり、奉仕の精神を示す人です。しかし、あまりにも多くの指導者が国民に対して威張ろうとします。国民が指導者に従うことが期待されるように、指導者にも民に仕えるという重い責任が課せられています。しかし、この責任は見過ごされています。
イエス様は、傷つき、挫折した人々のために、絶望と苦しみに満ちたこの世に来られました。イエス様は、世俗的な富や成功を求めるために来たのではなく、それらをはるかに超える福音と永遠の命を伝えるために来られたのです。たとえこの世で失敗しても、神の御言葉に従い続けるなら、誰かが希望を見いだし、福音を知るようになるでしょう。神様は一人の人を通して世界に福音を伝える計画を持っておられます。イエス様が生まれたマリアがこの計画に「アーメン」と言ったように、皆さんも御言葉に「アーメン」と言い、常に仕える者、つまり人に優越感を持つ者ではなく、仕える者となる者となり、一人でも大切な魂を救うことができるよう、主の御名によってお祈りいたします。