夫婦
近頃、仲間たちとの会話の中で、夫婦の話題が多くなった。
幼稚園、小・中・高に通う学生をもつ親、中には社会人になった子どもをもつ親もいる。
ほとんどの仲間から聞かれる言葉は、
「会話がなくなった」
「休日も出かけることがなくなった」
「記念日もなくなった」
など、話を聞いていると、全部 「何々がなくなった」 という一致する点が多かった。
自分も言える立場ではないが、以前サラーリーマン時代に社長命令で無理やり一週間、道徳の研修に行かされた。
(当時は行かされただったが、今では貴重な体験ができ大変良かったと思う。)
その研修の中で、テーマが色々に分かれていて自分は 「夫婦間のモラル」 を選んだ。
当時、結婚が近く控えていて選んだ次第だった。
その時に配られた本を今でも大事にしている。
その中の一説です。
「夫婦は合一によって、無上の歓喜の中に、一家の健康と、発展と、もろもろの幸福を産み出だす。
結婚の当時はうまくいくが、次第に離れて、全くはんたいの方向にさえ行ってしまう事がある。
そうなると、家のことは、ちぐはぐになって、仕事も商売もうまくいかなくなる。
それがこれまでは、仕事の方ならば夫のせいにし、又子供のことなどは妻の責任にした。
これが実は大きなまちがいである。
すべてが、夫婦の心の一致しているかいないか、にかかっている。
夫婦の一致和合こそは、幸福のもとである。
これまでは、妻は夫を改めようし、夫は妻をやかましく言った。
それが大きなまちがえであった。
夫が親愛の情にもえてやさしくすれば、妻は尊敬信頼して、世の中に夫より外に男性はいないと、ただ一途に夫にたよる。
このとき夫は又、世に妻より外によき女性はないと、愛情をかたむける。
そして明朗愛和、常に春のような、なごやかな家庭がつくられる。
反対に夫がいばりすぎ、封建思想をふりかざすと、妻は小さくなって、内にこもって亀のように強情になる。
妻が出しゃばり高ぶってやってのけると、夫は猫のようによわよわしく、優柔不断になり、どこに行っても馬鹿にされる。
夫婦が互いに相手を直したいと思うのは逆さである。
ただ自分をみがけばよい。
己を正せばよい。
その時、相手は必ず自然に改まる。
夫婦は、いつも向かいあった一組の鏡である。」
と記している。
仲間たちの会話の中で、このようなことが必然と脳裏に浮かんでくる。
自分も結婚して17年がたった。
子供たちも手がかからなくなるにつれ、妻との時間が多くなる。
夫婦、共有できることを探す。
これから、すばらしい人生を歩んで行きたい。
最後に、あの時、あのような場をつくってくれた社長に心から感謝しています。