東京湾が「封鎖」される日…巨大地震による「油」流出で全国の物流が止まる「深刻な未来」
首都直下地震、南海トラフ巨大地震、富士山噴火……過去にも起きた「恐怖の大連動」は、東京・日本をどう壊すのか。
【写真】日本人が青ざめる…突然命を奪う大災害「最悪すぎるシミュレーション」
発売即6刷が決まった話題書『首都防衛』では、知らなかったでは絶対にすまされない「最悪の被害想定」がありありと描かれている。
ここでは、過去の大災害から得られた教訓を考えたい。災害時にトラブルはつきものだが、何が奏功し、どのような課題があったのだろうか。
(※本記事は宮地美陽子『首都防衛』から抜粋・編集したものです)
東京湾封鎖
堅強に見える首都には、巨大都市ゆえの“弱点”もある。都市災害の課題をキーワードとともに見ていけば、それを理解できるはずだ。最初のキーワードは「港」である。
日本は衣食住で資源の多くを輸入に依存している。食料自給率(カロリーベース)は4割以下にとどまり、エネルギー資源である原油は中東地域にほとんどを頼る。2022年の急速な円安進行で物価が上昇したのは記憶に新しい。貿易の約9割は港経由だ。では、首都を大地震が襲来したとき、我が国の輸入は守られるのか。
東京湾中央航路は、日本経済を支える大動脈として一日あたり約200隻強の中・大型船舶が航行する世界有数の海上交通過密海域だ。港湾で取り扱う貨物は全国のコンテナ貨物の約4割、原油輸入量の約3割、LNG(液化天然ガス)輸入量の約5割を占める。東京湾が大地震に襲われたとき、湾岸部のコンビナートに危機が迫る。
日本地震工学会の会長を務めた早稲田大学の濱田政則名誉教授は危機感を強める専門家の一人だ。東京湾岸をはじめとするコンビナートは、埋め立て地が揺れた場合、重油や原油タンクから漏れが生じ、燃えたり海に流出したりする危険がある。
東京湾沿岸の埋め立て地には、大型タンクにみられる「浮き屋根式」が約600基ある。これらに巨大地震の長周期地震動が生じた場合には、「スロッシング」と呼ばれる現象が起きる。コップを揺らすと中の水が揺れるのと同じだ。
南海トラフで巨大地震が連続発生するという条件でシミュレーションをしたところ、約600基のうち約1割のタンクの中にある油が揺動により流出する可能性があるという。東京湾の埋め立て地は液状化によって耐震化していない防油堤や護岸が破壊されることも考えられる。
大地震が起きた場合、他府県や海外からの救援物資と人員を海上輸送し、緊急対応や復旧・復興活動の拠点となる国の施設「基幹的広域防災拠点」が神奈川県川崎市の東扇島地区にある。しかし、東京湾に大量の重油や原油が流出すれば、通行不能になって海上交通がストップする事態が予想される。
復旧まで約2週間と仮定すると、その間の物流は途絶え、エネルギー供給が麻痺する危機的状況を迎える。東京湾岸には9ヵ所のLNG火力発電所が稼働中で、濱田名誉教授は「海域の安全性は防災の盲点だ」と指摘する。
2週間は湾を封鎖せざるを得ない
2003年の十勝沖地震の際、北海道・苫小牧で2基のタンクが炎上。長周期地震動によってタンク内の油が揺動を起こし、表面に被せていた浮き屋根が跳ね上がって落下し、火災が発生したと見られている。
東日本大震災発生時にも仙台港や東京湾で大規模なコンビナート火災が発生した。仙台港は重油貯槽が破壊されて炎上し、流れた重油が津波で河川を逆流して住宅地にも押し寄せた。東京湾岸は揺れによりLPGタンク17基が爆発や炎上し、鎮火したのは発生から10日後だった。
東日本大震災以降、国は自治体とともに強靱化推進事業としてコンビナートの地盤対策や護岸の耐震化などを進めてきた。しかし、東京都が把握する岸壁では対象の半分に当たる24ヵ所が未整備(2021年4月時点)。全国で大地震が警戒される地域にある民有護岸では14施設(2022年末時点)が今後の対策を必要とする。
東京湾岸がどこまで地震の揺れに耐えられるのか検証が必要と見る濱田名誉教授は「地震によって東京湾に油が流出したら、少なくとも2週間は湾を封鎖せざるを得なくなる。全国の物流が止まり、エネルギーが不足し、経済的損失は計り知れない」と警告する。
巨大地震の襲来で空路が絶たれ、高速道路も寸断されれば、海からも空からも、陸からも物資は入ってこない。大消費地である首都圏の弱点は、全国に波及する。さまざまな物品の供給がストップすれば、各地で「買い占め」騒動が起きる可能性がある。
東日本大震災の際にもコンビニやスーパーの生活必需品が品切れ状態となったことを覚えている人は多いはずだ。被害が広範囲に及ぶ南海トラフ巨大地震では、その混乱を上回るのは間違いない。
企業の本社機能が集中する首都で物流が止まり、電力の供給不足から広範囲が停電したり、水道管の損壊で断水が続いたりすればダメージは計り知れない。首都直下地震や富士山の噴火が同時期に発生する「大連動」が生じれば、日本の広範囲で企業や工場がほぼストップすることになるだろう。
機能不全になった分をどこで、いつまでに、どのように補うのか。国家の総力をあげて真剣に考えるべき時を迎えている。
つづく「『まさか死んでないよな…』ある日突然、日本人を襲う大災害『最悪のシミュレーション』」では、日本でかなりの確率で起こり得る「恐怖の大連動」の全容を具体的なケース・シミュレーションで描き出している。