振り返れば、病院に行って、間質性肺炎ではないかと言われてから、もう4年半近くになります。
最初は、ウインドサーフィンを15年ぶりに再開して、月に2,3回程度、海にいっていましたが、直ぐに息切れして、昔のように楽しめませんでした。半年以上が過ぎ、何となく同年齢の人と比べても、違和感があり、海にでて、途中から強風になって、中々陸に戻れなく、セイルアップも苦しくて、流されてる一方でした。
最初はこんなに、苦しくなるのは歳のせいと、ずっと運動していなかったので、その内、また昔のように、楽しめると思いましたが、何かおかしい?
取り敢えず、病院にいって、薬でも飲めば良くなるのではないかと軽い気持ちで、病院を受診した事を今でも覚えています。
最初は、レントゲンを撮ったのですが、その時の医師は、レントゲンでは、解らないから、CTを撮る事になりました。
地元の総合病院でしたが、間質性肺炎かも知れないと言われ、肺気腫もあるようだといわれました。この病院では診断がつかないとのことで、大学病院級の病院でないと難しいと言われ、何とか、その当時、コロナで逼迫した時期でしたので、難しい時期でしたが、すぐに、某国立病院なら受け入れてくれるとの事で、紹介を受け受診しました。
今年で、もうすぐ64歳になりますが、
特発性間質性肺炎(IPF)
肺気腫
肺高血圧症(第3群)
3つのどれも厄介な不可逆的病気の合併があり、在宅酸素療法(HOT)も行なっています。
今は、ただ歩くだけで、6LでもSpO2は、80%台に直ぐになります。でも、働いています。
障害者雇用ですが、職場では大夫配慮して貰っているので、何とか、1日4時間週5日、軽作業の座位中心での仕事を続けています。この年でこの病気をかかえ、働ける環境があるだけでも、有難い事です。
会社や職場の人にも感謝です。
働ける内は少しでも働いて生きて行こうと思います。
