未だに車の運転をし、近場を乗り回している。(因みに車は、BMWのMsports)
毎週火曜日の午前中はヨガ。演歌は嫌い、映画は洋画が大好き。
と書くと、如何にもアクティブな高齢者な感じだが、やはり寄る年波には勝てず、彼方此方が痛いだの、忘れっぽいだの、出るわ出るわネガティヴ思考と行動のオンパレード。まぁ、これは我が母親だけではないらしいが。
ついでにいえば、幾つになっても子供は子供という意識が強い。僕もそうだが、それなりに生きてきて、経験もしてきているにも関わらず、そんなの関係ねぇって感じで子供扱い。いやはや。
もう少しいえば、僕には視覚障害があるが、そうなったのも自分のせいだと母親は思っていて、負い目を感じている。それは違うのにと僕は思っているのだが、それを伝えても納得はしない。
と、つらつら書いてみたが、どうもしっくりこない感じだ。毎日毎リアルにいい年して喧嘩をしていても、なんだかんだいって感謝している僕がいる。障害があって生まれてきたが、色々迷惑をかけてきたし、この年まで好きなことをやらせてもらっているし、やっぱり生んでくれたことに感謝している。
後何年一緒に過ごせるかを考えると、残されている時間は少ない。刻一刻と減っていくだけ。それを考えると寂しく哀しくなるが、これは誰でもが通り過ぎる道であり、宿命であり、運命。
残されている時間をどう過ごすかを考えるのと同時に、そろそろ最期の時に対する覚悟をすることが必要だと痛感している。